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■お題小説「ファーストフードの悪魔」

 野中 サナエは悪魔らしい。

 僕がファーストフード店のアルバイトを始める前から彼女は悪魔と揶揄されていたらしい。そういううわさ話をレジに立つ前情報として僕は聞かされていた。
「もしかして僕は身代わりみたいなものですか」と先輩に聞くと、
「いや、ちがうよ。生け贄だよ」と言われた。同じだ。むしろ酷くなってる。
 なぜ悪魔なのか聞いてみると、些細なことで二回に一回は口論になるらしい。いわゆるクレーマーというヤツで僕はそのことに心底驚いた。
 僕は遠くの二学期制私立進学校に通っており、同学年で一番綺麗な女性と言えばまず彼女の名前が出てくる。大きな財閥の令嬢だとか言う噂や、芸能界からのスカウトが来ているとか言う話もよく耳にしていたし、なにより清楚な立ち振る舞いはその確証もない噂をさらにそれらしいものにさせた。
「あの野中さんが……」
 彼女は口論になると偉そうに実名を名乗り自信まんまんにこちらの非を喋るらしい。
 別人だろう。その一言で片づけレジの前でファーストフード店の制服を着たままぼんやりしていると声をかけられた。
「すいません。野中サナエですけど」
「……はい」
 すぐに我にもどった。早速来たな、と言うのが正直な感想だった。
 声の主を見ると、やはりどこかで見覚えのある顔だった。学校の制服を着ているわけでもないし、髪も無造作に結んである。顔にはサングラスがあるので本人とは断定しがたい。だが、それはある女性に似ていた。
「すこしお時間よろしいでしょうか」
 僕は咄嗟に調理室の奥へ隠れ、顔だけ覗かせている先輩の方を見た。親指を突き立ててこっちの方を見ている
「……」
 僕の気持ちが伝わったのか彼はポーズを敬礼に変えた。あとでおぼえてろ。
「聞いてるんですか」
「え、あ、はい。大丈夫ですよ」
 僕はレジの向こうにでると、商品をお持ち帰りする人を待つようなテーブルに彼女を案内した。そこから怒濤の質問が始まった。
 言ってることがよくわからなかったが一言でまとめると「コーラのSサイズがいつもより少なかった」ということらしい。
 貧乏なんだろうな、お金持ちの令嬢って言う噂も確証がないし。いや、けど野中サナエと決まったわけではない。そっくりさんという事もある。この店はそんなにクレーマーが多いのかな。
「……では、商品の改善にお力を注いでいただけると言うことですね」
「あ、はい」
 すいません聞いてませんでしたとは言えず今日はそれでお開きだった。
 僕がいない間、先輩がレジ打ちをしてくれたらしい。ヘッドロックは勘弁してあげようと思った。
「どうだった? 凄かっただろ」
「はい」
 僕がその日上がるとき、先輩が言った。
「まー、頑張ってな。店長がいってたけどお前だけ時給五円上がるらしいぞ。特別救済措置って事で」
 安いわ。ってことは、僕はこれからあの野中サナエのクレーム専用になるのか。そう思うと、気分が暗たんとした。聞き流していたとはいえとても体力を使った。
 翌日、自転車に乗りながら睡魔をはらいのけ学校に向かうと学校の前の坂道で歩く彼女をちらりと見かけた。そのまま気にせずに追い越した。
 その日の昼休みに購買部に行ってパンを買い、中庭のベンチで食べることにした。テストも近いので片手には物理の対策プリントがある。
 ふいに、プリントに影が出来る。
「笠間(かさま)さん?」
 影を作ったのは、野中サナエだった。びっちりと制服を着こなし、黒く長い髪を結ばすにそのままおろしている。
「……いいえ、私はジョンです」
 そう返すのが精一杯だった。しかし相手がそれを受け入れてくれるわけもなかった。
「随分と遠いところから自転車で通学なさってるのね?」
 彼女の目が真っ黒に染まっている。
「ははは、片道三十分ですよ、ははは」
 冷静になろうと思った。
「すこしお時間よろしいかしら?」
 彼女が手をわきわきさせた。その手は「ころす」の三文字を表しているような気がした。
 僕は第二生徒会室に通された。野中サナエと面と向かう形で席に着いた。
「なんであなたがあそこで働いてるのよ!」
 彼女は怒鳴りながら机を叩いた。
「ついでき心で……」
「そんなにこの世とおさらばしたいの?」
「いやスイマセン」
「あぁ、もう……。よりによって……」
「サナエさんはどうしてあんなことを?」
「あん?」
 僕は黙っていようと思った。と思った矢先、彼女はこういう。
「学年一成績の良いあなたがアルバイトっていうほうがビックリしたわ。なんで?」
「実は僕しゅじゅちゅを受けないと来年の春には死んでしまうんです……」
 噛んでしまった。
「死ぬ予定を早めましょうか?」
「いや嘘です……」
 彼女は僕を睨みながら身体を横に向けて自分も椅子に座った。そしてため息をついた。その思い詰めた様子を見て僕は本当のことを話そうと思った。
「妹が誕生日で、頭も悪いし、会えば悪態ばっかりなんだけど……。なんでかなって思ったら、この高校にはいるときのケンカかなって思ったんです。僕は受験でピリピリしていて。だから、お詫びにっておもって」
「一年以上経ってるのに……?」
 僕は苦笑するしかなかった。そんなこと忘れてしまえばいいと自分でも思う。
「はい」
「……もう帰っていいわ。期末テストがんばりましょうね」
 僕は席を立って会議室を出ようとした。椅子に座ったままの寂しそうな背中を見て僕は何かを言おうとして、言えたのはしょうもない一言だった。
「このことは、誰にも話しません」
「はやく行きなさいよ」
 僕は扉を閉めた。
 月日はすぎ、テストが終わり月初め、僕は初任給というヤツを貰った。たった二週間の労働でもかなりの金額になった。ここまで来るのにあっという間だった気がするのはあれ以来バイト先に彼女が現れなかった事も関係している気がした。
 初任給を貰う間テストで午前中に終わると言うこともあって中庭で昼食を食べることもなかった。
 学校全体が秋休みへと向かっていく中、僕は久しぶりにパンを片手に中庭のベンチで食事を始めた。少しして隣に誰かが座った。誰かはすぐにわかった。
「お久しぶりです」
「どーも」
 彼女はぶっきらぼうに返した。彼女の身体が自分と正反対を向いていることに気づいた。僕と野中サナエの左腕は当たるか当たらないかのところにあった。
「妹さんにはなに買ってあげるの?」
「んん、……下着?」
「死ねよ」
「ごめんなさい」
「……で、本当のところは?」
 僕はすこし考えた。ふと、深夜妹の部屋から流れてくるエレキギターの音を思い出した。母さんが何度も注意しているのも見かけた。
「ヘッドフォンです」
「買ったことあるの?」
「なにを?」
「ヘッドフォン」
「あるわけねーだろ!」
「あんた一回シメないとわかんないの?」
「つい……」
 彼女はため息をついた。
「僕よくわかんないんでサナエさん選んでくれませんか?」
「は?」
「いや、シメるのだけは勘弁してください」
「あんたはばかなの?」
 彼女は心底呆れたようだった。
「今のは……、……驚いただけよ。そう。あんたはボケるにしても急すぎるのよ」
「……ボケていいですか」
 急すぎると言うことは事前に申請すればいいのだろうか。
「いまこの手にロープがあったなら」
 彼女はキッと僕を睨んでいた。
「シメるのだけは……」
「あぁ、はいはい。……で、いつなの?」
 僕が首を傾げるとサナエは顔を眉間に皺を寄せて聞きかえした。
「だから、選んであげるって言ってるの」
 僕は驚いたが、なんとなく笑ってしまった。
 結局、買い物は今週末に予定された。
 週末になって僕らは例のファーストフード店の近くで落ち合った。妙に田舎なのが僕の地元でちゃんと欲しい物があるかどうか疑問だったが駅前の商店街を隅から隅まで見るとあんがい色々な物がある。
 野中サナエいわく、ヘッドフォンというのは楽器屋さんを捜した方がいいらしい。楽器屋に入り、財布と店員と相談しながらすこし無骨なヘッドフォンを買ってやった。
 会計をする間、彼女はずっとなにかを見ていた。会計を終えて近づくと何もなかったかのように違う方を向いて、おもむろに口笛を吹き始めた。
「へんなやつ」
「なによ」
 そのまま喫茶店にはいると飲み物を注文した。僕のおごり、というか僕は割り勘する気満々だったが会計の時に彼女はそそくさと店内の奥へ行ってしまった。
「いっとくけど、私はあなた達が抱いてるような幻想にはひとっつも当てはまってないからね」
 席について飲み物がくると、彼女はふいに言った。
「うん、二、三週間前に僕はそれをしりました」
 彼女は舌打ちして飲み物をストローで吸った。
「やなやつ……」
「棘のある草ってさ、逆に清楚で可憐だと思うんだよね」
「何の話?」
「身を守ろうとしている風な姿がさあ……」
 僕はコーヒーを一口のんで無糖であることに気づいた。
「なんだ、ここは無糖派層か」
「いっみわからん」
「キミも同じだろうと思って」
 僕が言うと、野中サナエは飲み物をすするのをやめた。
「……私はお金持ちじゃないから、せめてそう見えるように努力してきた。話し方とか。そしたら、変な噂も出回って、あとにひけなくなった。何かでそのいらだちを解消しようと思って――」
「あんな事したんだ」
 日常のストレスが奇妙なクレームへ繋がったということらしい。彼女はストローで飲み物をすすりはじめ、あっという間に空になった。
「僕のも飲みなよ。殆ど口つけてないから」
 僕が言うと彼女は無言で飲み物を受け取り、一口のんで同じように渋い顔をした。
「アンタ騙したわね」
「え? 言ったじゃん。『無糖派層』って」
 サナエは顔を引きつらせた。
「ホンット……。もういい」
 彼女は席を立とうと腰を浮かせた。
「きれい事に聞こえるかも知れないけど、自分らしく生きるのが一番だよ」
「その通りね。きれい事よ」
 彼女は完全に椅子から立ってしまった。
「けどきれい事が一番良いんだよ。……ほら、プレゼント」
 僕は買ったヘッドフォンの入っている紙袋の中から赤と白のチェック柄の紙で梱包された小さな固まりを渡した。
「……これ」
 彼女は梱包紙を取ると驚いたようだった。その手には鮮やかなキャンディーアップルレッドをしたハーモニカがあった。
「おかげで無一文だけど」
「なんで……」
「ヘッドフォンも買ったさ。けど、ずっとそれみてただろ。買い物に付き合ってくれたお礼」
 僕は飲み物をトレイに乗せてレジの横に持っていった。
「じゃー、帰りますか」
 駅前まで送る間、彼女はずっとハーモニカを握りしめていた。
 無言のまま、僕らは別れた。

 すこし日にちが経って、学校で「野中サナエは腹黒だった」というその通りな噂が流れ始めた。僕は惰性でバイトを続けていた。
「ねえ」
 サナエだった。
「やあやあ。自分らしくやってるようだね」
「誰かさんのせいでね。妹さんは喜んでた?」
「んー。喜んでたけど、ちょっと大きかったみたいだ」
 制服以外はそのままのサナエはレジに体重をかけるようにして話していた。
「ざまあみろ」
「今日はクレームいいの?」
「ファーストフードの悪魔も引退ね」
 聞こえてたのか。そんなことを思っていると彼女はふいに視線を逸らした。
「話し声がでかいのよあんた達。……それと、知ってる?」
「なにが? ここいらへんは人より猫の方が多いっていう根も葉もないうそは聞き飽きたぞ」
「そういう話じゃなくって――」
「え? まあそりゃ確かに街灯は少ないけど……」
「人の話を聞け!」
 僕はあらたまってしまった。
「知ってる? 校則」
 自分の顔が青ざめるのがわかる。
「バイトは禁止なんだよ? わかってる?」
 彼女はにやりと笑った。
「黙っててあげるから、テストの必勝法教えなさいよ」
 初めて見た彼女の笑みは、魔性のもので、たちが悪かった。

 野中 サナエは悪魔だった。

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