■2010年07月

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■掌編小説「蛾」

 山奥に住む父が倒れたと連絡が来たのはとある梅雨の時期だった。私は仕事を早退して父の元へ向かった。ところが山の麓にある駅を出た途端、それまで湿度を高めるだけだった雨は一層強まり私は少しだけ不安になった。それでも危篤した父の元に向かわない理由にはならないので、山中を走るバスに乗った。その頃にはもう雨は霧のように視界を覆う豪雨になっていた。
 バスが停留所にとまると、雨に濡れた学生達と共に一匹の虫が入ってきた。大きな蛾である。蛾は私の方へ一直線に飛び、Yシャツのボタンにひっしとしがみついた。そのさまに私は同情を憶え、少しの間ならと見て見ぬふりをした。
 窓から土色に染まる道路を眺め、一つ二つと停留所を過ぎた。三つめの停留所で止まったとき、私はふと蛾のことを思い出してYシャツのボタンを見てみた。蛾はまだボタンに泊まっていた。その蛾は改めて見ると以外に小さく、雨に打たれたせいか羽がぼろぼろにひしゃげていた。
 再び外を眺めると、そこには懐かしい田畑が広がっていた。父の田んぼもその中にあり、まだ私が中学生だった頃、同じような雨によって起きた土砂崩れでその田んぼが潰れてしまった事を思い出した。私は、そのときに父と大喧嘩をしたのだった。
 原因は些細なもので、毎日田んぼを掘り返す父が「どうせ俺の跡を継ぐんだから、学校なんて行かずに俺の手伝いをしろ」と言った事にあった。
 私はその「どうせ」と言うのが馬鹿にされているようで気に食わず、父を見返そうと毎日毎日机に向かった。机に向かう時間が長引く分、父と話す時間は減っていった。そのおかげで私は一流とは言えないが、実家の周りでは十分だろうというくらい良い高校に入り、大学へ行って就職することが出来た。
 実家の前にある停留所にバスが止まり、私は運賃を払ってすぐ飛び出した。雨は弱まり、家の玄関を開けるまで殆ど濡れなかった。家にはいると、右手の障子を開けた。そこには布団の上で父が寝かせられていた。隣には初老の白衣を着た医者らしい男が常に父の容態を確認している。
「あんた、なんでもっと早く帰ってこなかったんだい」
 医者の隣に座る母が怒鳴った。
「これが精一杯なんだ」
 私は短く返すと、数十年ぶりに帰ってきた家がかなり寂れていることが気になったが、何も聞かずに父より一歩離れ、立ったまま父を見下ろした。その身体は思っていた以上に小さく、硬く、大きかった手も皮膚がひび割れぼろぼろに見えた。
「あんた、洋ちゃんが帰ってきたよ」
 母は父の肩を叩いたが、父は目を開けようとしなかった。
「あんたも、お父さんに何か言いなさいよ」
 次に母は涙声で私に訴えたが、父の顔を正面から見るのはいつぶりかわからず、声が出なかった。
 ふいに医者が立ち上がり、脈拍を図る機材を見ながら大きな声で父の名前を呼んだ。母も同じように肩を叩きながら父の名前を呼んだ。私は呆然と立ちつくしながら、それがゆっくりと静まるさまを見ていた。と、同時に、ぼとりという音とともにボタンに泊まっていた蛾が落ち、畳の上に転がった。死んだ。
 ぶわっと私の視界は滲み、脚から力が抜けた。喉と眼がからからになるまで。涙が止まらなかった。
 父の手は、私の学費ために雨に打たれ、ぼろぼろになったのだ。
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■七月のおだい「ほうき星」

  眩しい世界の扉が開いた
  もう一度何かを始められそうなんだ
   (the pillows「ザ・サードアイ」)


「どうだ?」
 山中は左手をわきわき動かした。「ギター触ってる?」みたいな意味だと僕は思った。事実そうだろうし。
「まあ、おかげさまで」
 無精髭面の男は微笑んだ。この男が笑うと本当に怖い。
「あぁ、そうだ。これ」
 山中が取り出したのは紙切れ一枚だった。
「……なんですか、これ」
「俺、バンドやってるんだけど、今度来ないか?」
「え……」
 正直、気が引けた。ライブのチケットというものは高価だし、そういうものを貰うのは、どうなんだろうか。
「一応言うが、もともと一枚千円するかしないかだ。そんな気にするなよ」
 顔に出ていたらしい。
「でも……」
「いいから、来い。先輩命令だ。オーケィ?」
 無精髭の悪そうなお兄さんを前にすると、答えは一つだった。

 彼らのライブは土曜日に行われた。かなり小さいライブハウスで、人もそこそこだった。出演表を見て事前に山中から教えられたバンドの名前を探す。あった。「LATE BOOMERS」。彼らは前座でやるらしかった。
 山中はチケットを渡すときになにか言っていたが、まずは楽しもう。
 会場は薄暗く、出演者を照らすライトだけの簡素な作りだった。
 真ん中の一番前を何となく陣取った。人もまばらだし、まあ迷惑もかけてないだろう。
 照明が完全に落ちて、出演者を照らすライトだけが残った。微かな声援と共に、現れたのは三人の男女だった。
 ベーシストは筋骨隆々のがたいのいい男。ギタリストは髭を剃った山中だった。最後に入ってきたドラマーを見て、僕は固まってしまった。日系の顔で、髪は金色に染めているんだろう。どこからどう見ても日本人だ。かけ離れてる。けれど、彼女はポーリーにしか見えなかった。幻じゃない。現実だ。
 僕の硬直はドラマーがスティックをたたき合わせる音で終わった。
 はじけるようなギターサウンド。それを支えるベース。この二つが相まって美しい刺繍のような精緻な織物を作り出す。それを運ぶドラムのテクニック。
 リフが切り替わり、アルペジオへと切り替わる。観客が湧く。ベースの音も静かなものに切り替わった。
「We are fight back you」
 三人のコーラス。と同時に激しいディストーションサウンドへと切り替わった。先ほどの静かなリフは前フリで、この盛り上がりを持ってくるためだったのだ。
 そのサウンドが脈絡もなく切れ、曲が終わったのだと知れた。もう一分くらいあっても良さそうだったが、そこで途切れるのもまた、何か意味ありげだった。
 この後続けてもう三曲披露したが、全てが彗星のように繊細で輝き、そして尾を引いていた。
 数々の歓声を残しながら、彼らは舞台袖へ帰っていった。
 そこで、僕は山中の言っていたことを思いだした。自分たちの演奏が終われば、すぐに来て欲しい、とかそんな内容だった。
 僕はそこから出て出演者用の楽屋に向かった。随分簡単に通してくれて、すぐに入った。そこにはすでにあの出演者達がくつろいでいた。
「来たか」
 山中が言う。
「早く出ようぜ」
 ベーシストが言う。
「そうだな」
 二人は自分たちの楽器を持った。ドラマーだけが自分のスティックを持った。
 僕は何も聞かされないまま三人に着いていき、居酒屋に入るとすぐ彼らは酒盛りを始めた。
「……あの……」
 見知らぬ人にカウンター席で挟まれた僕は隣にいる山中に助けを求めた。
「ん?」
 答えてくれたのはなんとベーシストの方だった。
「いや、あの、今日、山中さんに来て欲しいって言われてきたんですけど」
「そうなのか? おい、山中!」
「んあ?」
 僕の頭越しに会話が始まった。
「んあじゃねェ。お前、今日新しいボーカル連れて来るって言ったろ?」
「なんだよ。もう居るだろ」
「どこにだよ」
「お前の隣だよ」
「えぇ……?」
 そう言ったのは僕とベーシストだった。
「……」
 僕とベーシストは顔を見合わせた。
「……聞いてないですよ」
「おい、山中! 本人にも事情説明してないのかよ!」
「代田、ウルサイ」
「ウルサイじゃねぇ!」
「じゃあごがつばえい」
「そういう屁理屈がうるさいよ!」
「おいお前ら一旦黙れ」
 と言ったのはドラマーだった。
「おい店員、マイク」
 ドラマーはちょいちょいとアイコンタクトで店員にマイクを持ってこさせた。おそらくカラオケである。僕はマイクを持たされ、聞き覚えのあるリフが始まった。知ってる曲だ。っていうかちゃんと断ってくれよ。けれどきつい、ドラマーの眼光の前では唄うしかなかった。
「……」
 歌い終わった。まさか、この曲が今の自分にフィットするなんて思ってなかった。きっと、随分新しい世界の扉は開いていたんだと思う。
 そして、三人からの拍手が起こった。

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