■2010年04月

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■五月のおだい「子供」

「With the kids sing out the future(大声で未来を歌おう)
Maybe kids don't need the masters(僕らに支配者なんて必要ないぜ)
Just waiting for the little Busters(ただ待ってるんだ。小さくて大きい奴らを)
(the pillows『LITTLE BUSTERS』)」




 五月になって、少しは暖かくなったと思う。それでも何も変わらない。僕はコンビニでアルバイトを始めた。薄給だけど、何とか生きていける。
 僕に、未来なんて無い。きっとこのままなんだろうな。そう思うと、レジを打つ手が止まる。
「おい」
 同僚の男に声をかけられ、我に返った。そして、またレジ打ちを再開する。
 一通り客が捌け、コンビニの中は静かになった。
「お前、何かぼうっとしてるな。大丈夫か」
 同僚の男が言う。確か山中という男だった。若いのだけれど、どこか他とは違う雰囲気がした。
「いや、大丈夫です」
「ならいいけど」
 また客が入ってきた。小さな子供の群れだった。
 彼らは真っ先にレジの真っ正面にあるカード売り場にたむろし、そして騒ぎ出した。たかが長方形の紙のどこが面白いんだろう。そんな風に思った。
「むかしは、こういうの好きだったよね」
 レジのカウンターにポーリーが腰掛けた。余計なことを。
「何だっけ?『神のカード!』とか、騒いでたよねぇ」
 ポーリーは僕の方を見ながらにやにやしている。
「……」
 忘れてくれよ
「ムリだよ。私はキミだから」
 だったら、もう消えろよ
「勝手に生んでおいて」
 そのセリフは、なぜか胸に突き刺さった。
「まるで、子供みたい。『でろ』とか『きえろ』、とか……」
 でろ、なんて言った憶えはないぞ。
「言ってたよ。ずっと、ずっと、ずっと……」
 灰色の世界の中で、彼女にだけカラフルな色が付く。そんな感覚を憶えた。
「言ってない」
 つい、声に出してしまった。山中が不審そうな顔でこちらを見た。
「キミ、今何歳?」
 言いたくないな……。
 ポーリーは微笑んだ。とん、とカウンターから降りて、こちらの方にくると、僕と無理矢理肩を組んだ。

With the kids sing out the future
Maybe kids don't need the masters
Just waiting for the little Busters

 不思議な歌だった。どこかで、聴いたことがある。
 アルバイトが終わり、僕は何かに取り付かれたように家に戻った。捨てようと思って捨てられなかったCDの山をかき分けて、一枚のCDを見つけ、かけた。
 いつの間にか、大声で歌っていた。
 何を。歌だ。歌だよ。
「大声で、未来を歌おう」
 ポーリーが、僕の横で呟いた。
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■レッツ シー イフ ザッツ トゥルー オア ノット第三章・2


       2


 少しして、僕は料理を完成させた。
「お手並み拝見、と」
 マックが小皿に少し注いでそれを舐めるようにして味を確認した。彼女は眼を大きく見開くと、脱力したかのように床にへたり込んだ。
「どうかした?」
「はったりかと思ったのに」
 マックが呟いた。どうやら上手に出来ていたらしい。
「ん、マックのよりも美味しいね」
 ニニーもひょいと口に入れ、呟いた。
「……エニモルに負けた……」
「私が教えるから元気だしなよ」
 ニニーはマックを慰めながら言った。
「もう、こんな時間か」
 ニニーは外の景色を見ながら言った。確かになかなかの暗さだった。
「じゃあ、私はもう帰ります」
 マックは相当落ち込んでいるのか生返事をしている。
「……ニニー=サリヴァン」
 もうライゼエスィヒを出ようとするニニーに声をかけた。
「何です?」
 車いすの少女はふり返った。本当に同一人物とはおもえない可憐な微笑みで。
「もう遅いから、リーフェルングでおくるよ」
 リーフェルングに車いすを括りつけるまでのあいだ、ニニーはライゼエスィヒの階段に腰掛けていた。
「よし」
 車いすを固定し終わった僕はニニーに近づいた。
「エニモル、向こうむいて、しゃがんで」
 僕は言われたとおりにした。背中に何かがぶら下がるような重みがあった。
「はい、出発」
 耳の後ろから声が聞こえた。どうやらおぶさられているらしかった。
 僕はリーフェルングに跨り発進させる。
「落ちるなよ」
 僕は記憶を頼りにニニーの家へ走る。見覚えのある景色を見て、僕は少し安心した。
 僕はニニーをしょって店の中に入り、椅子に座らせ、リーフェルングに括りつけてあった車いすを取り出してニニーの所まで持っていった。
「乗せるところまでしてくれないの?」
 僕はため息をついて頭を掻き、ライゼエスィヒでやったようにニニーをおぶって、車いすの上にのせた。
「本当は歩けるんだろ? 自分でやれよ」
 車いすに乗せてから僕は言った。
「今の私はただのニニー=サリヴァンなのです」
「なんだよ、それ」
 僕が店から出ようとすると、ニニーは言った。
「なんで色々聞かないんだい? 普通、聞くだろう?」
「……きみはニニー=サリヴァンか?」
 彼女は肩をすくめ、馬鹿にするように言った。
「決まってるだろう。きみは阿呆か」
 僕は何も言わずにドアノブに手をかけた。
「ちゃんと、明日の夜、きなよ」
 僕は何も答えず、ニニーの店を出た。
 次の日、前の夜になかなか寝付けなかったせいで、僕は昼を大きく上回る時間に目を覚ましてしまった。ベッドから起き、右手の痛みがないことに気がついてつけっぱなしの包帯を外した。
「お、起きたか」
 帽子を被りながら広間に出ると、ソファの上で寝転がるメーレンがけだるそうに言った。その横にある机ではマックとヴェンディがチェスをしていた。ヴェンディが遊んでいるのを見るのは初めてだ。
「チェック」
 マックが言うとヴェンディは頭を抱えながらこつこつと机を叩いている。みんな仕事がなくって暇なのだ。
「ちょっと、出かけてきますけど」
「行ってこい」
 僕が言うと、メーレンは立ち上がって面倒臭そうに頭を掻きながらも見送ってくれた。
 リーフェルングに向かって、ある人の家へと向かう。結局、アートムングのいえには最近行ってなかったからだ。とくに用事もないのだが。
 アートムングが今住んでいる家はヴェステン領の町外れにある少し大きな家だった。ライゼを引退してから建てたらしかった。
「アートムングさん、エニモルですけど」
 僕はドアをノックした。
「おぉ……」
 中からアートムングのしゃがれた声が帰ってきた。僕はドアを開けて中に入る。家の中を歩き、寝室にはいると弱々しい老人がベッドの上で寝ていた。アートムングである。
「アートムングさん、大丈夫ですか?」
 ベッドの側に行って話しかけた。
「んん、この年になると色んな事がしんどいのだ。それで、今日はどういう用件で来たんだ?」
「えぇ、とくに理由もないんですが……祖父のことを」
 アートムングは聞いて二、三度頷いた。
「なるほど……だが、おれの知っていることはもう無い。お前が腰に下げているヘビー・ザ・サンはこの世に一対しかない業物であり、お前の祖父が愛した剣だ。誇りにもて」
 僕の頭はうなだれていた。頬に、アートムングのかさかさの手が触れた。固くしわしわで武器を握り続けた手のひらだった。
「お前の意志は、世界を変える」
 僕は顔を上げた。するとアートムングの手も放れた。
「あと、最近噂されている反政府組織を知っていますか?」
「あぁ、アウフ・エア・シューティングとか言う団体か。調査の話か?」
「いえ……。ニニー=サリヴァンと名乗る少女が、自分がそれの首領だと……」
 アートムングの顔に驚きの色が出た。だがそれはすぐに隠された。
「アウフ・エア・シューティングは何十年も前からある組織だ。だが最近活発化してきた。と、言うことはその少女は過激な思想の持ち主なのだろうな……。信じられない話だが……。だが、エニモル」
「はい」
「その少女から離れるな。監視しろ。協力者を装え」
 はっきりとアートムングは言った。強い口調で、確信があるようだった。
「協力者を? そんな簡単に騙されるでしょうか」
「協力者になりうるという自覚があってその子はお前に近づいたんだろう」
「僕が騙されていた場合は?」
「山賊あがりにお前は負けるのか?」
 アートムングが馬鹿にするように言った。僕はアートムング見て、頷いた。
「それでは、仕事があるので」
 たった今できた仕事を完遂するために、僕はアートムング家を出た。
 外はもう夕暮れ時で、ライゼエスィヒにつく頃はなかなか暗くなっているはずだ。僕はリーフェルングに跨ってそれを発進させた。
 リーフェルングをゆっくり走らせたせいもあるだろう。案の定ライゼエスィヒについたときはもう真っ暗だった。ライゼエスィヒの窓から中を覗いた。中の様子は出てきたときと何ら変わっていなかった。
 僕はそれだけ確認すると、リーフェルングに跨り、廃墟を目指す。
 かちゃかちゃと、祖父の剣が鳴った。
 廃墟は薄暗い雰囲気と共にわずかな熱気を放っているのが判った。明らかに昨日と違う。廃墟の扉を開けて、中にはいると、床に大きな穴が空いていた。
 近づいて確認すると、それは地下へ続く階段だった。道理で、判らないわけだ。地下に続く道があるとは。
 階段を駆け下りると、廃墟の中よりも巨大な空間があった。その中に何百もの人が居る。巨大な石の柱が天井を支えている。その奥に演壇がある。その上には、小柄な、見覚えのある少女が居た。ニニーだ。
 ニニーは拡声器を持って演説をしている。やはり、彼女がアウフ・エア・シューティングの首領なのだ。
「我々は、アウフ・エア・シューティング!」
 ニニーが叫ぶと、集まっている人々が叫んだ。
「アウフを打ち落とせ!」
「殺せ!」
 何とも殺伐としているな。僕の呟きはあっという間にかき消された。そして、冷たい何かが僕の身体にはいってきた。身震いして、僕は柱によっかかった。
 もう一度ニニーを見ると、その姿は一人の老人に変わっていた。色あせた長い赤毛。皺だらけの顔。ぼうぼうの眉毛。空色の優しい瞳が、今は強い意志を持つ何かに変わっていた。
「爺ちゃん……?」
 その呟きも、すぐに他の叫びにかき消された。
「ライゼだ! ライゼが居る!」
 誰だろうと思って、すぐに自分のことだと気がついた。僕は、制服のままでここに来ていたのだった。
「……」
 僕は自分でもなぜか判らないほどよろよろ体制を整えた。両手はそれぞれ剣の柄に届いている。いつでも、殺せる。
「やるきか、この――」
 右側の男が懐から何かを取り出そうとする。その前に僕は右腕で剣を抜いてその男を斬りつけていた。自分から見て左下から右腕への一閃。男は叫びながら床に伏した。
「こいつッ!」
 左側の男が叫んだ。その男は右手に剣を構えている。
 左肩から斜めに切り裂いた。剣は折れ、男は肩を押さえながら倒れた。
 何て冷たいんだ。僕は。
 全てが他人事のように思えてきた。

「そこまでだ。エニモル=ティア!」
 ニニーの声だった。壇上の祖父は消え、ニニーがこちらをみていた。
「……」
 僕の視界はぴたりととまっていた。僕の周りだけ人が居ない事に今気がついた。
「そのまま皆殺しにする気か? エニモル」
 なぜ人居ないのか皆血だまりを避けていたらしかった。誰のか判らない血だまりの上に、僕は居た。
「みんな、彼が通る道をあけてやれ」
 ニニーの一声で、群衆がざあっと二分した。出来た道はまっすぐニニーの居る演壇に向かっている。
 僕はゆっくりそこに向かう。誰かの歯ぎしりの音が聞こえると思っていたら、自分が歩く音だった。
「ふふ、来い。エニモル」
 僕は演壇の舞台裏へと導かれた。そこには、テーブルの上に二杯の水と、椅子があった。ニニーはその椅子に座った。
「座れ。エニモル」
 ニニーは水を飲みながら言った。けど僕は座らなかった。
「……十人ほどお前に斬られたが全員命に別状はないようだ。どうした? いつもと違うな。全てが――」
「ニニー」
 これが僕の声だったのか。
 ニニーは肩を振るわせ、ゆっくりと杯を机の上に置いた。その手はなぜか震えていた。
「な、なんだい?」
 引きつった笑みで彼女は答えた。
「僕の祖父は、この組織と関係があるんだな?」
 右手は自然と剣の柄に触れていた。
「アウフ・エア・シューティング、初代の首領だ。お前を育てた養父、ロッキー=ティアは……」
「お前は、何を知っている?」
 ニニーはぐいっと水を飲み干すと、笑った。やはり引きつっている。
「仲間になったら教えてやる。知りたいだろ? ロッキーがなぜこんな組織を作ったのか、なぜ、テレフォーンがお前から離れたのか」
 僕の右腕は剣の柄から離れ、ニニーの胸ぐらを掴んでいた。
「いいのか? 私が死ねば、全ての情報は消え失せる」
 僕の身体から力が抜けていく。わからない。ニニーは不敵な笑みを浮かべていった。
「私の犬になるか? エニモル=ティア」
「……僕は、何を、すればいい?」
「私の言うことに、『ワン』と言って従え」
「それは……いやだな」
 ニニーはフフと笑った。

■実験小説「ウルールズ」

「この、くずッ!」
 一人の少女が叫んだ。夕方の校舎での出来事である。オレンジ色の斜陽が黒いグランドピアノを濡らしている。そのピアノの前に座る少年の前に少女は立ち、顔を真っ赤にし、怒声を発している。その声は教室の外にまで届いているが誰も咎める者が居ないのは、その廊下を誰も通らないからである。
 ピアノのある旧音楽室は一年前まで行われていた音楽の授業で使用されていた教室で、そのピアノの音などを考慮し、部室棟の一番の上の階に備品室と共に置かれていた。故にその音楽の授業が無くなった今、人気は無いに等しかった。
 この二人がこの殆ど廃墟のような音楽室で何をやっていたかというと、文化祭に向けての練習である。
「……」
 西藤というこの少年はただただ押し黙っていた。それにも、彼からすればれっきとした理由あってのことだったが、その理由を言わない。また少女はそれが気にくわないらしく、二人の雰囲気は見る見る険悪なものに変わっていった。
「ちゃんと、符号に従いなさいよ」
 少女――、富田が腰に手をあてていった。その眉間には皺が寄っていた。西藤は彼女が不機嫌であることをわかっていて黙っていることを決めたのだった。
「聞こえてるの?」
 富田の眉間の皺はどんどん深くなってゆく。西藤は、頑固な男であった。
 沈黙が二人を支配してから数十分が経った。あるいは、まったく時間が経っていないかも知れない。それほどこの沈黙は重かった。
「やる気が、無いのなら、帰りなさい」
 富田は絞るようにしてそのことだけを言った。西藤は何も言わず、鞄を取り、教室を出た。
 一人のこされた教室で、オレンジ色の夕日が降った。

 富田が文化祭で一緒にユニットとして歌うことを持ち出してきたのは丁度一月ほど前だった。学校はにわかに文化祭という祭りの色に染められ始め、じわりじわりとそのことを呑み込んでいくようだった。そんななか、富田は西藤に声をかけた。それまでクラスメイトである富田のことを深窓の令嬢の如く思ってきた西藤は戸惑いつつも返事を出し、練習が始まったのだった。
 家に帰った西藤は、着替えもせずベッドに横たわって少しの罪悪感と、勝利の美酒に酔いしれていた。あのごうまんちきで偉そうな女を打ち負かしたぞ。と思う反面彼女の弱い部分をこの一ヶ月で知った分、それがどこか気になっていたのだった。
 そしてそのままぼんやりと西藤は眠ってしまった。
 翌日、目覚めた西藤は身体に、どこかけだるさを憶えた。
 そのけだるさが取れるのを待っていると、西藤は窓から入ってくるオレンジ色の光を浴び、今が何時かを悟った。全ては、あの罪悪感のせいだと知れた。ベッドから起き上がって学校に行こうとすると、身体が金縛ったように動かなくなるのだ。罪悪感が体中を毒の如く駆けめぐるようなそれは、どんどん大きくなっていった。
 そんな状況が何日も続いた。水とたまに取る食事だけで生きているのだ。ただ漠然とベッドの上で過ごす。ただ、それだけだった。
 文化祭の前日の夜、薄い眠りにつく西藤の頭に一つのイメージが浮かんだ。
 白と黒の鍵盤。つやつやの肌触り。
 見覚えのある楽譜。さらさらの肌触り。
 触れたい。あの女の子。逢いたい。
 西藤が覚醒すると、朝になっていた。
 金縛るものは何もなく、まだ寝ぼけた頭には鍵盤の手触りだけがあった。顔を洗い、何事もなかったかのように西藤は家を出た。足取りは重い。それでも、金縛るものなど、もうこの世に存在しなかった。
 西藤が到着すると、教師陣が驚いたような顔で西藤をステージに通した。もうすぐ演奏が始まるようだった。西藤は何事もなかったかのようにピアノの前に陣取った。
 富野はキッと、西藤を睨んだ。西藤が苦笑する。
 メトロノームが鳴る。
 tone……。

 決して、満足な演奏でなかった。それでも、西藤は満足だった。
 幸運な、ひとときだった。

■About a boy

タイトルはまったくもって関係ない。

軽く連載化してきた。



 僕が彼女に家を教えたせいで、彼女は頻繁にウチに出入りするようになった。
 出入りしてくれるのは一向に構わないのだが、窓から土足で出入りされるのは困る。
 そんなわけで、僕は、正座する彼女の前に仁王立ちしているのである。
「ごめんよ。もうやらないよ」
「昨日もそんなこと言ってたよね」
「うぅ……」
 彼女はうなだれた。
「とりあえず、靴を置いてきなさい」
 僕がそう言うと、彼女はぱあっと顔を明るくし、靴を履いたまま立ち上がろうとして僕の視線に気づいたようだった。
「……」
 無言で彼女は靴を脱いだ。
 靴を置いてきた彼女は不敵な笑みを浮かべながら僕のベッドに寝転がった。
 僕は腰に手をあて、一呼吸置いてから机の椅子を引っぱり出して腰掛けた。
「そうだ、キミ」
 人のベッドの上をごろごろ転がる彼女が、不意にぴたりと動きを止め、顔を持ち上げていった。
「なに?」
「今日は、来るよね?」 
 その今さらな、かつ不敵な笑みを前に、僕は戸惑った。けれども頷きを返す。
「今、兄が帰ってきている」
「え?」
 僕の身体は硬直した。
「ちゃんと、三人分つくってくれよ?」
「……」
 脂汗が吹き出る。そして、その、彼女のお兄さんと対面したとき、僕はどう反応すればいいのだろうか。と言うかどんなことになるか判ったもんじゃない。僕の脳内にはやれ「妹は貴様にわたさん」だの、やれ「お前の血の色は何色だ」だの言う彼女の兄の姿が浮かんだ。
「さあ、そうと決まったら行こう」
「いや、やっぱ、今日は……」
「マン・ハント!」
「アッー!」
 彼女に捕まった僕はずるずると引きずられ、彼女の家に向かうこととなった。

 分譲マンションのワンフロアぶち抜き。彼女の家にはいるともう既に爆音でCDがかかっていた。
「ジローめ。ウルサイったらありゃしない」
 彼女はそう言うと僕を置いてつかつか先に行ってしまった。
 どうしようか。ぼくは頭を振り、覚悟を決め、中に入った。
 台所に行き、夕飯の準備をする。食材は買い溜めておいたし、大丈夫だろう。そう思ってシチューを作り出す。
「さあ!」
 彼女の声。リビングの方をふり返った。
「……」
 彼女の横にいるのは金髪の青年だった。どこからどう見てもイケメンである。金髪には染めたとき特有の痛みもなく、もともとそういう色だったと言われても違和感がない。
「鼻筋なんかがよく似ているだろう」
 彼女は自慢げに言った。
 言われてみればそんな気もするが、どちらかというと美男美女カップルっぽい。
「では、私は部屋を掃除するから。二人とも仲良くやっていてくれたまえ」
 そう言うと彼女はリビングから消えた。止める暇さえない。
 しかし数十分経っても彼は何も言わず、ただソファに座ってその長い足を組むだけだった。
 シチューが煮込む工程に入ったとき、彼が声を上げた。
「あぁ、きみ」
「なんでしょう?」
 失礼だとは思いつつもシチューを焦がさないことに僕は集中した。
「タマネギは入れないでね。おれ、嫌いだから」
 もう既に遅い。
「あ、もう遅かったりする?」
 彼はのんびりとそんなことを言った。
「あ、はい……」
「いや、別にいいよ。我慢して食べるから」
「どうも……」
 沈黙。シチューの煮込む音だけが響いた。
「なあ」
「……はい?」
「噛んだの?」
 何がなんだか判らなかった。そして、彼女のことだと知れた。
「噛みました……」
「ほぉ……。じゃああの話も聞いたんだ」
「はい」
「どう、思った?」
 背中に視線を感じた。今まで気づかなかっただけか。
「正直、引くだろ?」
 彼は嘲るようだった。彼女を嗤ったように思えたが、違うことに気が付いた。
「正直に言ってくれよ」
「いいえ」
 正直な言葉だった。
「僕は、彼女に笑っていて欲しいんです。ああいうところのせいで彼女が笑えなくなるのだとすれば、僕はそれを肯定できるようにしたいです。そうすれば、彼女は笑ってくれるでしょう?」
 気が付けばべらべらと喋っていた。
「……俺とは違うんだな。ちょっと、羨ましいぜ」
 彼はぼんやりと、誰に言うわけでもなく言った。
「あいつのこと、宜しくな」
 答えようとして、元気な声が流れ込んできた。
「もういやだ! あのへやくさい!」
 彼女は涙眼だった。何をどうしたら部屋掃除でそうなるんだよ。
「おぉ、今日はシチューか……」
 僕の横に立った彼女はそんなことを言った。
「そうだ、ジロー。紹介しよう。彼が私の婚約者、渡辺 葉太だ」
 僕は典型的なズッコケをかましてしまった。
「なんだ? 婚約者じゃ不満か……。じゃあ何がいい?」
「いや、そういう意味じゃなくて……」
「ふむ?」
 彼女は不思議そうに首を傾げるだけだった。
「まあいい。ヨータ。紹介しよう。私の兄で代田次郎。気軽にジローと呼んでもらって構わない。キミの義兄さんなのだからね」
 僕とジローさんは共に典型的なズッコケをかました。
「ちなみに次郎なのは父が太郎だからさ!」
 彼女はどこか自慢げだった。
「まあ積もる話はあとにして、夕餉といこうじゃあないか」
 彼女はどこか楽しげだった。それは、夕食を三人で食べるからだろうか。

 理由はともかく、そんな彼女をずっと見ていたいと、思った。

■レッツ シー イフ ザッツ トゥルー オア ノット第三章・1


第三章

「どうだったの? 故郷は」
 マックが何となく、実験的に作ったべっこう飴をあまりの不味さにかみ砕きながら書類を片づける僕に、意見を求めるべく隣でたっていたマックが聞いた。数日で帰ってきてしまったため、早すぎるとかなり驚かれたらしかった。
「……べつに」
 顔に思ったことが出たのか、マックはそれ以上何も聞かなかった。
「で!」
 叩くように僕の右肩に片方の手を乗せたマックが言った。
「どうよ? 私の飴は」
 僕は顔を逸らした。
「……」
 それで全てを悟った彼女は、しょぼしょぼと台所に向かっていった。
「もー、何がおかしいの? 意味わからん!」
「……なんで、急にどうしたの? 料理なんて」
 彼女は腕を組んで何かを思案するような顔をしながら僕を見た。
「女の子は、料理くらい出来ないと、ダメだって気がついた!」
 今さらか。と言うかもう手遅れなきがすると僕は内心思いながら立ち上がった。
「かなり焦げてたから、火が強いんじゃないの?」
 僕も台所に立った。
「エニモルって、料理できるんだっけ?」
「最近は作ってないけど、学生の頃はよく作ってたよ」
「……なんか、エニモルに負けるって屈辱」
 マックは呟いた。
「それ、どういう意味?」
 知らんぷりを突き通すマックを見て、呆れた僕は正面を向いた。台所の窓に、あるものが見えた。
「マック」
「なに?」
「あれって、もう誰も使ってないの?」
 僕は窓から見える廃墟を指差した。
「あー、うん」
「そっか」
 怪しい人物が良く出入りするという建物はいつも、何かしらの廃墟だった。
 僕は壁にかけてあるマフラーと手袋、防風眼鏡と帽子を取ると、身につけた。
「なになに? どこ行くの?」
「ちょっと、出かけてくる。料理頑張って」
 僕は駆け足で外に出るとリーフェルングに跨り、さっき見つけた廃墟へ走らせた。
 見た目新しい廃墟だった。三角屋根の上には十字架の乗ったもので、珍しいなと思いながら腰の剣を気にしながら中に入った。
 中は埃くさく、この間回った廃墟と変わらないように思えた。だが、ここは調べたことのない場所だ。何かあるのかも知れない。そう思って剣を構えながら周りを見渡した。
「やっぱり、来たな」
 満足げな声。だが聞いたことのある声だった。
「……」
 暗くてよく見えないが、正面の壇上にいる小柄な人物がいる。女性のようだが、それにしてもかなり小柄に見えた。
「……おまえは、だれだ?」
「会ったこと、あるだろう? 忘れたのか? 薄情者だな」
 嘲笑するように影は言った。
 とん、と影は壇上から降りて素早く僕の目の前に立った。なぜか剣を振るうことが出来なかった。
「ここまで近づけば、頭の弱いきみでもわかるだろう?」
 鼻先に顔を近づけた影。白い肌に漆黒の髪。大きな瞳にくっきりとした眉。長いまつげ。いたずらっ子のような顔で微笑む小柄な少女は、いつかの歩けないニニー=サリヴァンだった。
「……ニニー、か? 歩けないはずじゃ……」
「信じてたのかい? 純粋なんだね。ありがとう。信じてくれて」
「……」
「そんなんだから、好きだった女の子から忘れられるんだよ。きみは」
 僕は無意識のうちに構えていた剣を振るった。だがそれはひょいと避けられてしまった。
「おこるなよ」
 ニニーはにやにやしながら言った。
「お前は何なんだ?」
「知りたいかい?」
 ぐいっと人をくうような笑みを浮かべたまま顔を近づけるニニー。僕の顔に彼女の呼気がかかった。狂気的な雰囲気。何をし出すか判らない。そんな感じだった。
「反政府組織、アウフ・エア・シューティング、リーダーのニニー=サリヴァン」
「きみが?」
 言ったものの、その猟奇的な空気を身に纏う今の彼女にその称号は相応しいものだった。
「そう。なかなか似合ってるだろう?」
 彼女はひょいっと僕から二、三歩離れ身につけているスカートの裾を自慢するようにひらひらさせた。服装も最初であったあの寒そうな服とは違い、寒いのに髪の毛と膚を露出させるような服を着ている。
page4.jpg
「どっちが、本当のきみか、教えてくれないか」
 僕は剣をニニーに向けていった。
「それは、言わないといけないことかい?」
 僕が目を瞑って剣をおろすと、彼女は「フフ」。と笑った。
「おろしたね? きみは治安を維持するライゼだというのに」
「ただの女の子を斬れないね」
 次の瞬間、痺れと衝撃が同時に来た。廃墟の床に叩きつけられた僕は咄嗟に立ち上がって体勢を立て直そうとするが、立ち上がるために立てた右腕を誰かが払い、足で押さえつけた。
「なんだって? もう一度言ってみたらどうだい」
 右腕が軋む。
「う、ぐ、た、だの女の子って、言わ、れるの、が、嫌なのか?」
 言いながら痛みで声が勝手に漏れた。右腕を踏む力が強くなる
「……」
 ぐっと右腕に力が入ったとき、僕は左腕で彼女の細い身体を殴った。
 彼女はごろごろと吹き飛ばされるのをみて僕は右腕を押さえながら立ち上がった。
「……」
 ニニーはゆっくりと立ち上がると、ふらふらこっちに寄ると僕の目の前で座った。何がしたいのか判らなかった。
 彼女は膝を抱えて、その膝に頭をうずめている。
「ニニー?」
 急に女の子らしくなったニニーの名前を呼んでみた。
 彼女は顔を上げてにやりと笑い、立ち上がって僕の顔を正面から殴った。まともに避けられずに喰らった僕の目の前は真っ暗になった。
 目を開けてから、周りが廃墟なのを確認した。どれだけここで気絶していたんだろうか。殴られた顔面を右手でさすって、右腕にまかれたものと、包帯の隙間にはさんであるものに気がついた。
 包帯はニニーが巻いてくれたのだろう。いまいち理解のしがたい奴だと思った。包帯の隙間にはさんであった紙には、「アシタ ヨル ココ」と書いてあった。僕はそれをポケットにしまい、立ち上がってライゼエスィヒに戻った。どう言い訳をしようか。ニニーがまともじゃないこと知れば、マックは傷つくはずだ。
 僕がライゼエスィヒに戻ると、暖炉前のソファにはメーレンが仰向けで寝転がりながら本を読んでいた。この人も本を読むのかと言う雑念を押しやりながら僕は声をかけた。
「今戻りました。何の本です?」
「レッド=ニコルソンの『シューター解体読本』」
 メーレンはこちらを見ずに言った。この人は開き直ることにしたのか。さらに驚いたのは、よく見ると彼女は眼鏡をしている。
「眼、悪いんですか?」
「まあね。近くのものが見えづらい。戦闘に支障はないし、無くたって良いんだけど」
 メーレンは倦怠感丸出しに言った。仕事が少なくなって暇で暇でしょうがないのだろう。
 そんな話をしていると、台所がやけにうるさい。
 僕が台所を気にしていると、そのままの姿勢でメーレンが言った。
「ニニーとか言う女の子が来てるよ」
 僕はそれを聞くと急いで台所に入った。中では、マックと車いすに座り雪だるまのように防寒着を着込んでいるニニーが居た。
「あ、また旅に出たのかと思った」
 マックがにやにやしながら言う。
「何やってるんだ?」
「マックに料理を教えてるんです」
 ニニーが、微笑みながら言った。先ほどとは別人としか思えないが、今は隠していない黒髪はニニーのものだった。
「……時間の無駄じゃない?」
 僕は今日食べさせられた飴のことを思い出す。あれは本当に食べ物だったのだろうか。
 ニニーは苦笑して取り繕った。
「けど、上手になりましたよ。食べてみます?」
 有無を言わさずニニーは注がれたふつふつとした黒い液体を僕に押しつけた。自分が食べさせられる予定だったらしい。
 僕は受け取ったものの、それをもう一度見た。黒く、どろどろした液体の中には、意味のわからないものがぷかぷかと浮いている。狂ってる。
 ニニーやマックの期待するような視線に耐えられず、僕はソレを一気に飲み干した。
 どろりどろりと舌の上で混ざり合う味の奔流。泥を噛むような感覚。喉の中でうねる生き物のようなそれ。
 卒倒しかけた。
 僕は棍棒で殴られたように朦朧とした意識の中、そのスープの入った鍋を持つと流し台に流した。隣でマックの絶叫が聞こえる。
「私の芸術が!」
 何が芸術だ。
 鍋を桶に入った水で洗ってから適当に置いた。ニニーは未だに苦笑している。このやろう。
「エニモル! 責任とってあんたが料理作ってよ」
 マックの糾弾。
「……いいけど、きみは、僕が料理作ってたって事忘れてないか?」
 マックの顔がぎくりと硬直した。だが、意地を通したいのだろう。
「じゃあ、そのお手並み拝見って事で」
 僕は頭を掻いてさっき洗った鍋を持ち上げると、まだ沢山余っている水と、市場で買ってきたのであろう食材を見渡した。



■レッツ シー イフ ザッツ トゥルー オア ノット第二章・6



       6


 僕は力の入らない身体をゆっくり立ち上がらせようとして、こけた。
「つ……」
 まだパレードは続いているらしく、人混みは遠くの方に移動していた。
「……テレフォーン……」
 僕は呟いた。
「エニモル?」
 サイモンだった。作業着を着た細っこい体つきはそのままで優しく微笑んでいる。僕は差し出された彼の右手を掴むと、ぐいっと引っ張られ、立ち上がった。
「どうしたんだ? エニモル。こんな所で会うなんて。ヴェステン領に居たはずだろ?」
「ちょっと、出かけただけさ。サイモンは、今何をしてるの? 仕事は」
「王城でさ、まあ、いろいろやってるよ」
「王城?」
 力の入らなかった僕の身体に感覚が戻ってきた。
「あのパレード、かなり豪華だったね」
 僕がそう言うと、サイモンの顔は濁った。
「そ、そうだな」
「王城で働いてるって言ったよね」
「……あ、あぁ」
 僕の腕は信じられないほど速く動き、サイモンの胸ぐらを掴んで押しやると、彼の身体は勢いよく道路の向こう側にある建物の壁にぶつかった。
「ぐぁッ」
「知ってたんだな? サイモン!」
 胸ぐらを強く掴んだまま僕は言った。
「う、ぐく……」
 首を圧迫されたサイモンが唸った。
「知ってたんだろう? 何とか言えよ。知ってたんだろ? 彼女が! テレフォーンがあいつと結婚するって! 知っていて僕に知らせなかった。違うか? サイモン!」
「……ぅ、く、あぁ、し、知ってたさ。知って、いたよ。知って、て、お前には伝えなかった」
「どうしてだ? なぜ知らせなかった?」
「……テレフォーンが、言ったのさ。『エニモルに、このことは知らせないでくれ』。ってな。はは、ぐ、う、エニモル、てめぇな、テレフォーン、から、見限られたんだよ!」
 僕の手は、サイモンを離した。僕は両腕の拳を握りしめた。そしてリーフェルングの方へ歩こうとし、一端立ち止まって振り向きざまに何かを殴った。僕を殴ろうとするサイモンだった。サイモンは鼻血を吹きながら地面に倒れた。
 僕はリーフェルングに跨り、ポケットに入っていた防風眼鏡をつけると、リーフェルングを発進させた。もう、居たくない。ここには。
「……どうしてなんだ」
 走りながら、僕は呟いた。
 目の前には、乾いた荒野があった。

■so long and Hello

バイトミーとか、ショットミー、はたまたショット・サイト・ハーとかと繋がっています。
オムニバス?
ちげぇよ。ただの続編だよ。
っていうか完全に同一人物ですね。なんか、ショートショートで終わらせるには持ったり無いキャラ群なので。






「キミ、キミの家はどこにあるんだい?」
 僕が台所に立っていると、彼女が訊いた。
「え? 一軒家だけど」
「それは以外だった。なら楽そうだ。住所は?」
 彼女はフォークとナイフをカチカチ鳴らしながら言う。
 楽って何だ。楽って。
「……四角ヶ丘の、団地のほうだけど」
「ほほう。ありがとう。……それよりも、まだかね?」
 僕は時計を見た。
「うぅん、もうちょっと時間が必要だと思うけど。キャベツの芯が硬くて良いのなら」
「それは耐え難い。仕方ないな。もう少し待つとしよう」
 彼女はナイフとフォークを机の上に置いたようだった。
 その後、僕らはロールキャベツを食べた。

 土曜日、僕は家にいた。二階の自室で出かける仕度をしていた。祖母の月命日が近づいているのでお墓参りに行こうと思っていた。
 すると部屋の窓が叩かれた。
 最初は気のせいだと思ったが、断続的に叩かれるそれ。そして、声がした。
「あけろー!」
 聞き覚えのある声。まさか。
「おーい! ヨータ!」
 間違いない。カーテンを開けて声の主を確認した。
「まったく。はやく開けたまえ」
 白い肌に長く黒い髪。代田奈々子はミニスカート姿で僕の部屋に侵入してきた。
 僕の家の庭には大きな木が立っているのだが、まさかそれを登って来たのだろうか。白い腕には細かい傷が入っていた。
「……わざわざ、登ってきたの?」
「そうだが?」
 本当にミニスカで登ってきたのか。何というパラダイス。
「普通に、チャイム鳴らせばいいのに」
 一応無難な答えを出した。
「なんだかあの木が『登ってくれ』と言っているような気がしたんだよ? 木だけに」
 その発想はなかった。
 と、いうか昨日わざわざ僕に住所を聞いたのはそう言う理由か。あんなアバウトな情報でよくわかったな。
「で、どうしてきたの?」
「意味はない」
「ないんかい」
 彼女は腰に手をあて、得意げな顔をした。
「そんなことよりも私の探索能力の高さを評価して欲しいね。二時間でキミの家を探し出したんだ」
 それってむしろ探索能力が低いんじゃあ。
「まあ、これも愛の成せる業さ!」
 そう言うと彼女は僕の腕を絡め取った。
「……あの、盛り上がっているところ大変申し訳ないんですが」
「なんだね?」
「今日はお墓参りに行こうと思ってたんだ」
 彼女が僕を見た。どこか気まずさを感じ、目をそらした。
「そうか……。お墓は、どこに?」
「おばあちゃんのお墓なんだけど、吉沢霊園っていうところ。駅で三つくらい」
「遠いのかい?」
「まあ、けっこう」
「……ねぇ」
 急に深刻そうな顔で言うので僕は驚いてしまった。最近は彼女の楽しそうな顔しか見ていなかったから。
「断ってくれて構わないのだけれど、私も、ついていって良いかな?」
「え?」
 彼女は僕の手を離して背を向けた。
「……」
「ダメなわけないじゃないか」
 くるりとふり返った彼女は嬉しそうだった。
「じゃあ行こうか」
 僕らはその後駅へ向かい、霊園を目指した。霊園は山の麓にあるらしく、そこへ向かうバスが出ていた。
 駅前で供えるための花束を買い、霊園に向かうバスに乗った。最後列のシートに座る。
 秋と言ってもまあまあ暑い。窓を開けると風が入る。
「本当に良かったのかい?」
 彼女が訊いてきた。
「何を今さら……」
 彼女はバスから外を眺めていた。
 不意に、彼女が手を握った。
「怖いんだ。誰か、居なくなるのが」
「キミも、今までの誰かと同じように、私の元から去っていくような気がして」
 手を握り返した。
「そんなわけ無いじゃないか。歯形までつけさせておいて」
 彼女がふり返った。そして、笑った。

 霊園に着き、祖母のお墓を目指した。
 祖母の墓標を見つけ、墓標の周りを片づけたりしたあとに花を生けた。
 線香に火をつけ、二人で手を合わせた。
 気が済むまでやって、墓標の前から離れようとしたとき、人影を見た。見覚えのあるシルエット。
 茶色い髪。派手な服装。
「……ッ!」
 心がざわついた。もうこんな事はないと思っていた。
「あら?」
 母親だった。
 ざわつく心を抑え、代田を殆ど引きずるような形で歩いた。
「へぇ……。私の血は争えないのね」
 出来るだけ笑って返し、その場をやり過ごした。
 来たときと同じ方法で帰ってきたはずだが、どうやって帰ってきたか憶えていなかった。ただ、なぜか部屋には代田も居た。彼女は僕の横に座ってずっと僕の手を握っていた。
「あの人、僕の母親なんだ」
「うん。そうだろうと思ったよ」
「あんな所で、会いたくなんかなかった」
「……」
「おばあちゃんのお墓の前で、会いたくなかった」
 部屋は静まりかえった。
 いきなり、指が痛くなった。彼女に握られている方の手。見ると、彼女が噛んでいた。
「イタッ! 痛い! 痛いって!」
 まだがじがじ噛んでいる。完全にくわえ込んで、がっつり噛んでいる。
「やめ、いたッ!」
 彼女が噛むのをやめた。口の中から僕の指が解放された。
「元気出た?」
 出るわけがないだろう。けれど、本当に心配そうな彼女の顔を見てしまった。
「……ま、まあ……」
「本当かい?」
 僕は彼女の頭を撫でた。
「本当だって」
 彼女はくすぐったそうな顔をした。
「元気になったんだね?」
「うん」
「ほんとうに?」
「うん」
「だったら、今日も私の晩ご飯を作ってくれるよね?」
「えっ……」
 彼女はすっくと立ち上がって得意げな顔をして見せた。
「そうだな。今日はハンバーグが良い」
「え、あの」
 彼女はにやりと笑う。
「期待しているよ?」
 嵌められた。

■Shot me! Sight me!

 授業が終わり、強制的な補習の前の出来事。
 僕が秋を感じつつもうたた寝に更けようとしたとき、教室のドアが勢いよく開かれた。
「ヨータ! カートが、私のカートがぬすまれたッ!」
 沈黙の教室。
 そしてざわめき。
「ヨータ?」「渡辺のことじゃね?」「っていうかなんでミス狐田?」「おい渡辺、紹介してくれよ」「カートって誰?」「ほら、スーパーマーケットに置いてあるアレだろ」「あぁアレか」「いや、ニルヴァーナのカートコバーンだろ」「洋楽バカは黙ってろよ」
「ヨータ! 聞いているのか?」
 僕は周りの視線に耐えながら彼女に駆け寄った。
「……なんで、来るの?」
「来ちゃダメなのか?」
 彼女は首を傾げた。その首にはカーゼが貼ってあり、僕の歯形を隠している。
「いや、僕にも世間体というものが……」
「いいから、私のカートが盗まれた!」
 彼女は僕の制服の裾を引っ張り、自転車置き場まで連れて行った。
「私のカートを探してくれ!」
「この自転車の中から?」
 カートとは彼女の自転車の名前である。
 山積みにされた自転車。ここの学校の生徒は僕も含めて自転車での通学生が多いのだが駐輪場が一個しかないので飽和状態なのである。
「そういえば、なんでカートなの?」
「何が?」
「名前」
「ニルヴァーナという伝説的ロックバンド、そのギターボーカルの名前だ。カート・コバーン。発音的にはコベインが正しい」
 彼女は自慢げに言った。
「へえ」
「なんだ、その反応は」
 ふて腐れた彼女をなだめていると、どこからかシャッターを切る音が聞こえた。
「なんだろう」
「写真部の人間だろう。さあ、捜せ」
「なんでそんな偉そうなの……?」
「酷い! 私の初めてを奪っておいて!」
「誤解を生むような言い方はやめてくれ!」
 僕が自転車の海をかき分けながら言うと、彼女のかすかな笑い声が聞こえてきた。
「……なに?」
「いいや、いつの間にか敬語を辞めてくれたんだな、と思ってさ」
「そりゃあ、毎日夕飯作りに行ってたらそうなりますよー」
「ふふふ」
 彼女の笑い声。自然と腕に力が入った。
「あったよ。これだろ?」
 僕は持ち上げ、自転車の川を渡りながら彼女の元にたどり着いた。
「おぉ! カート! 帰ってきたのね! 嬉しい!」
 こんな大根芝居見たことがない。
「まあ、見つかって良かったね」
「よかった。さあ、帰るぞ。キミ」
「僕、補習があるんだけどな」
「しらん!」
「マジですか……」
 と言いつつ僕も自転車を引きずり出した。
「フフフ。キミも帰る気マンマンじゃないか」
「……まあね」
「『ばあちゃん、俺を家まで連れて行ってくれ』!」
「なにそれ?」
「ふふ、キミには判るまいよ、っと」 
 彼女は真っ赤な自転車に乗った。
「だから、僕には補習が……」
「いいじゃんそんなのー」
 遠くからそんな痴話喧嘩をしてやって来たのは一組の男女だった。
「おぉ、親近感」
「そんなの憶えないで良いよ……」
 向こうの男女はこっちを見た。そして女の方が言う。
「あっ、ミス狐田」
 黒髪の女性が指差して言う。
「むむ? 私のファンかな?」
「わーい、握手してください」
 女の子は彼女に駆け寄り、勝手に手を掴むとぶんぶん振った。
「なかなか強引な子だね」
 彼女は僕の方を向いて苦笑した。僕も苦笑でかえす。
「レイジ、写真撮ってよ」
「イブキ……」
 レイジと呼ばれた男の方は困ったように言った。
「私はいっこうにかまわんよ。レイジくん」
「じゃあ、一枚だけ」
 レイジはカメラを掲げ、シャッターを切った。
「ありがとうございます」
「かまわんよイブキ君」
 彼女は僕に目配せし、僕も自転車に乗ると、ペダルをこぎ出した。
 学校の前にある坂を下っていると彼女が隣に来た。
「へんなやつらだったな」
「あなたがソレをいいますか」
「ふふふふふ」

■レッツ シー イフ ザッツ トゥルー オア ノット 第二章・5





 祖父の家で目を覚まして、身体を持ち上げた。身体を囓るように空気が冷たくて寒かった。身震いをした僕は首にマフラーを巻いて、頭に帽子を被って薄い牛皮で出来た手袋をした。昨日は持ち歩かなかった祖父の形見である剣も腰につけた。
 外に出てリーフェルングに跨ったとき、何かのはじける音が上空でした。空を見上げると朝から花火が高々と何個も打ち上げられている。そして、吹奏楽器の堂々とした演奏も聞こえてきた。国立の吹奏楽隊だろうと思った。
「何かのパレードかな?」
 僕はリーフェルングを走らせ、音の聞こえる方へ走った。
 王城に続くメインストリートの両脇に人がごった返している。僕はリーフェルングを置いて人混みをかき分けた。
 本当にパレードだった。
 街道の石畳の上には真っ赤な絨毯が敷かれ、少し遠いところに楽隊と紙吹雪を散らす子供達が居た。その少し後ろ。少し物騒な銃剣を掲げた部隊と、旗を持った人たちがいた。その旗はアウフの旗。金色の蛸とそれを統治する、剣をくちばしに銜えた鷹のアウフを意味する旗だった。
 国王の結婚式だ。
 国情に疎かった僕は、ワン=ケーニヒの息子が結婚したのかと思ったが、違った。銃剣や旗を持った人々を両脇に抱え、ゆっくりと歩くのは立派な馬車だった。その中に、一人の老人と、若そうに見える女性が居た。
 ワン=ケーニヒの結婚式なのだ。あの老人、また結婚したのかと呆れた風に思いながら、僕の目は釘付けになった。ワン=ケーニヒのとなり、新婦は、見たことのある気がする女性だった。
 ――黒く艶のある褐色の膚――。
 ――烏羽色の長い美しい髪――。
 ――黒真珠のような、黒い瞳――。
page3.jpg
「テレフォーンッ!」
 気がつくとその馬車の前に僕は立ちはだかっていた。
「テレフォーン!」
 白いドレスを着たテレフォーンの目が動揺したように見えた。ワン=ケーニヒも驚いたような顔をしている。
 僕の両脇を素早く兵士が取り囲み、ずるずると引きずって人混みの中に戻そうとする。僕はそれでもテレフォーンに近寄ろうとする。
「あなたは誰ですか? 薄汚い格好。早くどこかへいきなさい」
 テレフォーンが僕を冷たい目で見下ろしながら言った。
 数人がかりで僕は引きずり出され、人混みに投げられた。
 気がつくと、口からは悲鳴のような叫びが奔っていた。

■ゼロッキーからのお題で「Kiss me! or bite me!」

 正直、現実の高校には「ミス狐田高校」なんてもの存在しないと思っていた。
 だいたいそんなものがあったとして出る女もどうかしていると思う。何というか、言い方は悪いがそう言うのって自分の身体を売り物にしていることなんじゃないか? 娼婦とおなじものを感じる。
 だから僕がいまソレの会場にいるのは友達づきあいのためであって別に美人さんを見たいとか健全な理由ではなく、ただ単に友達づきあいのためなのだ。そうだ。友達付きあいは大切だ。
『優勝は、ナンバー17。代田 奈々子さん』
 一人の女性が立ち上がる。
「代田奈々子 二年 趣味:サイクリング」と書かれたプレートを胸につけた女性。年齢的には一つしか変わらないのに、洗練された女性らしさをその全身から感じる。
 長い黒髪や白い肌。奥深く、何を考えているのか判らない真っ黒な瞳が僕を見た。
 そして、微笑む。つい、はにかんでしまう。
 一目惚れした。
 高校の自転車乗り場から自分の自転車を引きずり出してまたがり、バッグからウォークマンを取り出した。イヤホンを耳に付け、再生ボタンを押してペダルを踏もうとした瞬間、誰かが僕を呼んでいるような気がした。
 イヤホンをとってふり返ると、そこには一人の女性が居た。
 黒くまっすぐ長い髪。透き通るように白い肌。
「気づいてくれたか。キミ、ちょっと手伝っておくれよ。私のカートが沈んでいる」
 深く黒い瞳がまっすぐに僕を見た。
「……カート?」
 最初はスーパーマーケット何かにある買い物かごかと思った。
「あぁ、私の愛機だ。ほら、そこにある真っ赤なヤツ」
 自転車置き場の最奥。そこに真っ赤な自転車があった。つややかなレッド。濁りも軽さも感じられない真っ赤な自転車だった。
 後ろの方に自転車が置いてあるので確かに取りづらそうだった。
「ささ、私のカートを救ってくれ給えよ」
「……」
 僕はこの人はこんな性格なのかと思いながら自転車を担ぎ、出してやった。
「ありがとう。……そういえばキミ、今日は前の方で見てくれていたね」
 ビックリした。まさか見えているとは。
「まあ、ハイ」
「そうだろう、そうだろう」
 彼女は腕を組んで頷いている。変な人だなぁと思いながら自分の自転車に跨った。
「それでは」
 僕はイヤホンをつけ、自転車をこぎ出した。
 幻想のままで終わらせておいた方が良かったかなぁと思いながら自転車を漕ぐ。彼女にはどこか幻滅してしまった自分が居た。
 偶像は偶像のままで置いておいた方が良かったかも知れない。
 今の自分の入ってくるのは視界の情報だけだった。それも考え事で殆どふさがれつつある。
 青信号に変わったのを確認してから自転車をこぎ出そうとしたとき、首がぐいっと引っ張られるのが判った。
 それと同時に、前をトラックが凄いスピードで通り抜けた。信号無視だった。
「……」
 このまま踏み出していたら、僕は……。
 不意に、イヤホンが外された。
 後ろをふり返ると代田奈々子が居た。
「キミ、自転車に乗っているときに音楽を聴くのはやめたまえよ」
「え、あ……」
「まあ、何もなくて良かった」
 と彼女は微笑んだ。
「あ、ありがとうございます」
「うむ、本来はそれで許してあげるが、今日の私は少し機嫌が悪くってね。なんせ、今日両親がいなくって料理を自分で作らなければならないのだよ」
「はぁ……」
 そうですか! それじゃあ! といって去れれば良かったもののそうはいかなかった。彼女は今も僕の襟をぎっちり掴んでいる。
「もっと残念なことに、私はそう言うのに疎いのだ。……命を助けたのだから、それくらいしてくれるよね?」
 頷くしかなかった。
 夕暮れ時に彼女の自転車の後ろについて行き、スーパーマーケットに向かった。幸い割と家からは遠くない位置だったし、父親が単身赴任でそれを良いことに家に帰ってこない母親しか家には居ないんだから心配何てしてくれないし、どうせ今頃知らない男の腕の中だろう。
「さあ、買い出しだよ」
 彼女は僕に買い物かごを持たせ背中を押す。
「さあ、キミ、私はカレーが食べたいぞ」
 何て図々しいんだ。
 僕がジャガイモを手に取ると、彼女が声を上げた。
「あぁ、キミ、芋は嫌いだから辞めてくれ」
 変わりにカボチャを手に取った。
 買い物を済ませ、スーパーマーケットのひとけのない駐車場で、買った物を彼女に渡すと、彼女はきょとんとした顔をした。
「なに?」
「……まさか、作るところまでやれ、なんていいませんよね?」
「言うが?」
 僕はため息をついた。
「ふつう、見ず知らずの男にそこまでさせますか?」
「見ず知らず?」
「えぇ」
「私とキミが? 見ず知らずだって?」
 僕はためらわず頷いた。
「……本当に、そう思っているのかい?」
「だって、そうでしょう?」
「私はずっと前からキミに目をつけていたよ」
「え?」
「入学式の時私があいさつをしたね。そのとき唯一寝ていたのがキミだ」
 そう言えば入学式の記憶はない。それにしても、見えていたのか。
「キミは最前線だったじゃないか」
 彼女は苦笑した。
「途中でキミは目を覚まして、きょろきょろしていたね。そのとき、キミの白い歯がみえたのさ」
 彼女が僕の頬に触れた。唇の端に触れ、にいっと伸ばした。彼女はまっすぐ僕を見ている。
「なあ、キミ」
「……なん、でしょう」
「キス・ミー・オア・バイト・ミー」
「……へ?」
 彼女は言った。なんだかマズイ空気のような気がした。彼女がじりじり近づいてくる。
「そ、それより、はやくしないと、日が暮れますよ」
 僕が言うと、彼女はにやりと笑った。ちくしょう、確信犯か。
 彼女の家は巨大な分譲マンションのワンフロアぶち抜きだった。
「……でけぇ」
 のこのこ女性の部屋に上がる僕は何とも間抜けだと思う。
「キミキミ、人の家なんて見たって面白くないだろう。台所はこっちだよ」
 僕は彼女からエプロンを渡され、ため息をつきながらそれをつけた。
 カレーを作る間、彼女は横に来ていろんな事を聞いてきた。主にカレーの作り方だったが、どんどん僕の話にすり替わっていた。
「キミは料理が上手いねぇ」
「まあ、両親がそう言う事しないから……」
「……どうして? って、訊いていいかい?」
「父親がずっと単身赴任なんだ」
「うん……」
「母親は、それを良いことに家に居ないんだ」
「うん……」
「それで、家にはずっとおばあちゃんが居てくれた。けど、去年死んでしまった」
「うん……」
「ホント、酷い親だよ」
「うん……」
「月命日にも帰って来ないし、おばあちゃんの遺産で遊んでるんだ」
「……つらいかい?」
 辛くなんか無い。そう言い返そうとしたとき、泣きそうになった。今までそんなことはなかった。ずっと一人で、上手くやってきたつもりだった。
「……、タマネギが、目にしみたんだね」 
 彼女はそう言ってくれた。
 タマネギによる謎の涙腺崩壊がおさまってきた頃、カレーが完成した。泣きながらもカレーを作るんだから我ながらひどい。
「よし、後はご飯だけだな」
 彼女は電子レンジにパックのご飯を入れ、暖めた。
「時代の進歩というモノは凄いな」
「……ジャーの使い方くらい憶えません?」
「キミが手取り足取り教えてくれるというのなら」
「じゃあ遠慮します」
 彼女は苦笑した。丁度ご飯が暖め終わった。レンジから出されたご飯パックは二個だった。二個?
「皿を出してくれ」
 僕は戸棚から一枚だけお皿をだした。
「一枚? 一枚で二人分か。キミがそんなに積極的とは思わなかった」
「いや、ちょっと待ってくださいよ。何で僕も一緒に食べることになってるんです?」
「私の両親も今仕事で海外だ。兄も居るが音楽関係で帰ってこない。孤独な者同士、一緒に夕餉を共にしようと思ったんだが、迷惑か?」
「いや、でも、その、マズイでしょ……?」
 彼女はまたもや苦笑した。
「知っているかい? 夫婦というものが離婚しない理由は、子供が居るからだそうだよ」
「?」
「子供が居ると離婚したくてもその子供のことを考えてしまって、そうはしたくないだろう。腐っても親。子供の幸せを第一に考えるんだよ」
「だから離婚しない。けどね、私はもっと簡単な方法があると思うんだ」
 彼女は哀しそうな顔で言った。
「……これ以上は言わないことにするよ。……おやすみ。私の我が儘に付き合わせて悪かったね。……今日はカレーを二人分食べることにする」
 そうは言われたものの、引き下がれなかった。どうしてだろう。このまま引き下がって互いに忘れてしまえばいい。けれど、帰ろうとすると、彼女の俯いた哀しげな顔がちらついた。
「話してください」
「キミには、関係ないだろう」
「有ります。孤独な者同士でしょう?」
 彼女は哀しげな顔のまま笑った。
「この話をすると、みんな私の元から去ってしまうんだよ」
「それでも、してください」
「……でも、やっぱり……」
「僕たち、同類でしょう?」
 彼女が顔を上げた。涙目だ。
「……噛んでくれ。跡が残るくらい」
 彼女は顔を真っ赤にしていった。
「噛めば、良いんですね?」
「え?」
「今言ったじゃないですか。『噛んでくれ』って」
 初めて彼女の引きつった顔を見た。
「本気か?」
「マジです」
 彼女の手を取り、引っ張った。
 彼女を抱きしめ、その白い首に噛みついた。さらさらな膚。青い静脈が見える。
「んっ……」
 跡が残るくらい、強く噛みついた。
 口を離すと唾液が糸を引いた。
 彼女の首にはしっかり僕の歯形がついていた。
 彼女は自らの首を撫でて、微笑んだ。
「しっかりつけたな」
「あなたには、哀しい顔よりも人を小馬鹿にするような顔の方が似合ってます」
 彼女は笑った。
「この歯形は、私達にとって子供の替わりだよ」
「え?」
「そう言ったじゃないか。私は子供によって夫婦間の仲を保つよりも、もっと簡単な方法があると言っただろう?」
「まあ、はい」
「歯形というのは目印だよ。キミの歯形は私だけのものだ」
 ちゃんと話を聞いてから大胆なことをするべきだと思う。
 彼女は自分の腕と僕の腕を絡めた。
「えっ……」
「ふふふ」
「あの……」
「これで堂々とキミを家に呼べるな。……そう言えば、キミの名前を知らないな」
 僕はあとちょっとで芸人的なズッコケをかます所だった。
 彼女はカレーに火をつけ、ご飯を温めなおす。
「知らないんですか?」
「うん。しらん」
「……」
 僕は自分の名前を告げた。
「ほう。素敵な名前だな。と、いうことは将来的に私は渡辺を名乗ることになるのか」
「……それって、決定なんですか?」 
 彼女はご飯を皿に盛り、カレーをかけた。
「ひどいわたしのはじめてをうばっておいて」
 明らかな棒読みだった。
「血こそ出てないが、この歯形は一生モノだな」
 彼女はにやりと笑った。全てに置いて嵌められた気がする。
「どうして、僕なんです?」
 男なんて星の数ほど居るのに。
「私の一目惚れだ」
「キミのその白い歯と、困ったような笑みが好きになった。あと、その大胆さも好きだよ」
 目の前で堂々とそんなことを言われると困る。
「……」
 カレーを食べている間も、他愛の無い会話をした。
「美味しかったよ」
「ありがとうございます」
「なんだ。怒っているのかい?」
「そういうわけじゃあ……」
「私に歯形をつけたんだ。責任は取ってくれよ?」 
 人を食うような笑み。なんか色々と嵌められた気がする。
「やっぱり、僕を嵌めました?」
 皿を乾燥棚に入れた。
「うん? もっとじっくり私のものにする予定だったよ。キミのことは」
 やっぱり嵌める予定だったのだ。
「けどどんどん口を滑らせる自分を止められなかった。スキー場を転がる雪玉のようだったよ。どんどん太っていくんだ。けどキミは受け止めてくれたね」
 彼女はそう言って微笑む。
「……まあ、同類だし」
 完全に片づけ終わった僕は手を拭いた。
「コレからも頼むよ? キミ」
 彼女は首の歯形をちらつかせながら言った。
「わかりましたよ……」
 彼女は台所の冷凍庫からアイスクリームを取り出した。紫芋味だ。やはり、変わってる。
「まあこのアイスは駄賃がわりさ」
「安い駄賃……」
「人の首に歯形を付けておいてよくいう」
 それを言われると何も言えない。
「明日はオムライスが良いぞ」
「わかりましたよ」
「ライスはチキンライスね」
「どうせ一緒に買いに行かせるんでしょう?」
「おぉ、自主的だな。と、いうか誘っている?」
 彼女はどこかウキウキしているようだった。
「まあ、僕も、一人じゃ寂しいですからね」
 半分嘘だったけれど、このまま家に帰るのもどこか寂しい。だから、約束を取り付けようと思った。
「ふふ。そうかそうか」
 彼女は本当に嬉しそうだった。
 本当に、笑っている顔がよく似合うと思う。
「……あなたの、哀しい顔なんて見たくないですから」
 呟いてしまった。彼女は固まり、そして微笑んだ。
「ありがとう」
 眩しくて見ちゃいられないな。僕は強がってそんなことを思った。
「なあ、キミ」
「なんですか?」
 ソファに座って一緒にテレビを見ていると、彼女が言った。
「私のことは好きか?」
「え……?」
 彼女はまっすぐ僕を見つめてきた。
「……嫌い、だったら、あんな事しないでしょう」
「フフ、そうか……」
 彼女は微笑んだ。
「ありがとう」
 彼女の頭が僕の左肩に乗った。

プロフィール

KANTA

Author:KANTA
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