■2009年09月

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■七十頁

 ルーシルアは自室のベッドの上に座ってあぐらをかいている。ムラースの特訓を抜け出したのだ。
「……」
 思い詰めたような顔をすると、ルーシルアはすぐに立ち上がり、部屋を出た。
 碧い廊下を歩いていたルーシルアは足を止めた。
 目の前にある木製の扉にノックし、返事を待つ。
「はーい」
 声が聞こえ、中に入った。
 様々な家具が置かれているが、どれも年相応の女の子の選ぶようなものではないので、きっとサクナのお下がりだろう。と部屋の中のものを一瞥しながら思った。
「あ、ルーシルア」
 机に向かい、眼鏡を掛けているサークナヤが言った。ここ数日で城の暮らしに適応しきっている。
「どうしたの?」
 机の上には教材らしきものがあり、ペンとインクでさらさらと文字やらが書かれている。
「ん? ちょっと、報告に」
 そう言うと、サークナヤの顔がかげった。
「……すぐ? それとも、ちょっとしてから行くの?」
「ん、すぐってわけじゃないな。お前が成人するまでだ」
「それって……あと、五年?」
「そう言うことになるな」
 サークナヤはルーシルアの顔をまじまじ見つめた。
「……短い……」
「そうか? 十分だと思うね。それが終わったら、永遠に世界をさまようのさ」
 ルーシルアは笑った。自嘲的でもなければ、爽やかでもない、ちょっと意地の悪い笑みである。
「……戻ってこれる?」
「いつか、必ず。戻ってくるよ、お嬢様」
 ルーシルアはそう言うと、サークナヤの部屋を出た。そのあとすぐ、ルーシルアはムラースに捕まった。



 あれから、五年も経つのか、と仕度を終えたルーシルアはにやりと笑った。ついに来てしまった別れの時だというのに、笑わずしていられない。
 自分の身体は未だに衰えを見せない。そのことも、妙におかしい。
 笑って、煙管を取り出して口にくわえる。吸わないが、気分だけを味わう。
 いつの間にか将軍という地位にいた俺を見送る儀は、サークナヤの成人の儀の前に行われる
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■六十九頁

勿論、本来はもっと厳粛に行われるはずである。
「……王よ、これは、どういうことだ」
「心配せずとも、君が望む判決は、もう決しておる」
 ルーシルアは内心ほっとした。
「そして、君が死にたがっていることも、よく理解しているよ。ルーシルア」
 王はやさしく告げた。ルーシルアは、ようやく死ねるのかと期待した。
「……判決を、言い渡そう」
 ざわめきの消えなかった場がしんと静まりかえる。
「その前に、年寄りの戯れ言を聞いてくれ」
 ルーシルアが頷く間もなく、王は語った。
「私は、……娘に、完璧を強いてきた。髪、爪の長さ、体のバランス、目鼻立ち、すべて、強要してきた。国民には、美しい人が必要だった。……私の、責だ。娘を殺したのは、私の完璧主義だったからなのだよ。」
 ルーシルアは黙って、聞いていた。
「判決を、言い渡そう。ルーシルアの永久的国外への追放、そして、特殊任務〈O〉を、言いわたす」
 愕然とした。ルーシルアが、だ。死ねると思っていたのに。
「……これで、閉廷だ。ルーシルア……、私は、今でも彼女を虐げた罪を、背負っている。死ぬのは簡単だ。……一生、彼女を守れなかったことを、共に、悔いていこう」
 王は、碧い目をもって、ルーシルアを見つめた。
 ルーシルアは天井を仰ぎ、目から涙が溢れるのをただ感じていた。天井を通り越した空には、月と一緒に、淡い光の星々があった。
「それが、彼女が最も望み、喜ぶ事ですか? ――気丈な笑みを、見せてくれますか?」
 王は、何も言わなかった。

 王室に呼び出されたのは、裁判から一週間のことだった。毎日のように行われる、ムラースとの一騎打ちのせいで、 痛む節々を気にしながら王室であったことを思い出す。
「刑、特殊任務の執行までの猶予は、サークナヤ……お前が連れてきたサークナヤの成人の儀までだ」
 王室の国王は碧の王服で言った。
 ――五年間もずっと……。と思いながら、説明を聞く。
「特殊任務〈O〉は……、〈オーガーイー〉というミドルスペルを刻み、世界を懐疑しことわりを追い求めるもののことだ」
「主に、何をすれば?」
「……〈銀の国〉で君がしたように、人々を救うのだ。〈真実を求める者〉として」
 それ以外に、説明はもう無かった。
 そのやり取りを思い出し、少しいらいらする。あんなの、まぐれだって。そう言いたかったが、言えなかった。

■六十八頁

「……本当か?」
 まだ若いエレヌは、静かに、そっと頷いた。

 闘技場の上で、大の字になって寝ころぶ男が居る。ルーシルアである。
「ふむ」
 隣でムラースが言った。額には細い傷がはしり、血が細い線を描いて頬を通り、滴っている。
「仮にも、私に傷を負わせた自慢の弟子だというのに、情けない」
 ルーシルアは、はっはと息を切らせている。全身汗でびっしょり濡れている
 ムラースは、そのさまをみつめ、もう一度「ふむ」と呟いてから、ルーシルアの余暇に座り、足を投げ出してから額の血と汗をぬぐった。
「だいたい、傷っていっても、剣の先がちょっと当たっただけで――」
「確かにそうだが、お前は私の攻撃をすべてよけたじゃないか」
「……それは、まぐれです」
 ルーシルアは息を整え、唾を呑んで、もう一度言った。
「もう一度やれと言われても、無理です」
「私が一番長く育て、そして最も強い男だ。お前は。胸を張れ」
「……胸を張れ、ですか」
「どうせ、また自分のような人間が、とか思ってんだろ。一応言うけどな、お前が死ぬことはないね」
「……どういう、意味ですか」
「あー? それは、裁判があれば判ることだよ」
「ルーシルアぁ?」
 会話を妨害し、現れたのはハーンだった。
「ハーン」
「おう、兄貴。裁判、始まるってよ。着替えてくか?」
「いや、いい。この汚い服は、罪人にはぴったりだろう。それより、なんだ? 『兄貴』って」
 自嘲的に笑うルーシルアにハーンは近づき、肩に手を回した。
「兄弟弟子だから兄貴さ。『ルーシルア様』何て呼ばれるより、いいだろ?」
 ――安直な。そう思いながらルーシルアは肩の手を除けた。
「それより、お前、もっと訛ってなかったか?」
「あれかい? あれは演技。師匠様に言われて、あのお嬢様を連れてくる予定だったんだ。けど、あんたが出てきたから、しょうがなく渡した。わかった?」
 ルーシルアは呟き、裁判所へ向かう廊下を歩き始めた。
 〈碧の国〉の城は、様々な物が中に押し込められていると言ってもいい。王族達の暮らす区域は勿論、貴族の暮らす区域、兵舎、裁判所、闘技場、庭園、頭がおかしい科学者達の研究所、巨大な宗教施設。それを城壁が囲い、その周りに城下町。その城下町を覆うようにまた城壁がある。
 裁判所の扉を開けたルーシルアは、そこに沢山の見物人と、王が一人立っているのが判った。

■六十七頁

「目立ちまくりだな」
 おひらきとなった闘技場に未だつったっているルーシルアに、背後から声をかける姿があった。ムラースである。
「……ドーモ」
 振り向きもせず、ルーシルアは言った。後で、かちゃりという音がし、背筋がぴん、となった。
 ルーシルアがぎこちなく振り向くと、そこには剣を抜いたムラースが居た。ダラダラと脂汗が滝のようにながれ、一歩下がった。
「どれだけ進歩したか、見てやるよ」
 その覇気が、ルーシルアを捕らえた。

 頬を風船のように膨らませたサークナヤは、黄色いドレスに着替えさせられ、侍女達の言うこともきかず、絨毯の敷かれた床の上でごろごろしていた。
「さ……サクナ様……」
 昔の王女と同じ名前であったサークナヤは、その呼称に対して、噛みつくように言った。
「サクナじゃない。サークナヤだ。金色の髪で、似てるかもしれんが。私は、サークナヤだ。それ以外の何者でもない」
 その口調には、王としての気品があった。
「だいたい、なぜ私なのだ。私は〈黒の国〉の生まれなのに」
「……神より、すべてを率いる力があると認められた者は、どこの国の王にでもなれるのです。」
 黒髪の侍女は、言った。
「こんなこと、きっと国民はゆるしやしないのではないのか?」
 侍女は、どういう意味か判らず首を傾げた。
 沈黙の後、サークナヤは「あぁもう」とかんしゃく気味に言い、こういった。
「今まで違う国にいた小娘が、金色の髪だと言うだけで、……赤の他人と言っても良いような……、全く関係の無かった国を、継いでいいものなのだろうか」
 侍女は、体を起こしたサークナヤの目の前に、鏡を置いた。
「……サークナヤ、あなたは、綺麗です。とても」
 面食らったサークナヤは、ぼそぼそ口ごもった。
「か、身体は、傷だらけだぞ」
「傷はいつか消えます」
「……それは、侍女として、言っているのか? それとも……エレヌとしてか」
 エレヌというのが、サクナにもつかえていた侍女の名だった。
 サークナヤの背中に、暖かいものが触れた。抱きしめられてるのだと知ったのは、鏡で確認してからだった。
「そんなの、決まっております」
 肩のエレヌが言った。
「エレヌとして、でございます」

■六十六頁

 ルーシルアは、そんな視線は気にせず、片手で剣を握っている。
「……ッ」
 レーベンが駆けた。
「お前を殺し、あの少女も殺しッ! お前のすべてを、うばってやるっ! お前が俺にしたように! ルーシルアァああ!」
 それは殆ど悲鳴に近かった。
「……レーベン」
 レーベンの振るう剣をルーシルアは片手で受けながら、目を伏せた。
「諦めたか! ルーシルア!」
「……レーベン……」
 目を伏せながら、ルーシルアは確固たる口調で言った。
「お前は、どうしてこっちに来てしまったんだ」
「うるさいっ何様のつもりだ!」
「……サクナは、俺たちに、幸せになって欲しかったんじゃないのか?」
 レーベンの連撃は勢いを緩めず、より強烈になっていた。
「お前がっ! 俺にっ! 何様のッ! つもりだぁッ!」
「おれが、気がついたときには、もう遅かったよ。俺は、戦う兵器になっていた。……お前にだけは、幸せで、いて欲しかった。血で汚れず、あいつができなかったことを……。あいつが、周りの目ににとらわれて、できなかったことを、俺たちにっ――やって欲しかったんだよ!」
 ルーシルアが、レーベンの剣をはじくと、その剣は宙を舞い、闘技場の天井まで飛び、そこに刺さった。
「……殺せよ」
 レーベンは言った。ルーシルアはふん、と鼻を鳴らすと、言った。
「友達が沢山居る俺でも、お前が死ぬとさすがにかなしいからな」
 レーベンが何か言う前に、ルーシルアはさらに叫ぶ。
「王よ! 裁判の用意を!」
 会場がざわめき、罵声などであふれかえった。さらにそれを上回る声で、ルーシルアは叫んだ。
「問おう! 王よ! 裁判をする気があるのか、無いのか、どちらだ!」
 ここまで来ると、無礼も清々しい。
 すると、手前の観覧席で、立つ姿があった。王のカミンズである。少し痩せているが、見慣れた姿だった。
「……〈シンズ〉よ、要求通り、裁判を開こう。……用意の間、待て」
 王の声は厳粛に告げた。
 ルーシルアは剣を鞘に戻し、頭を掻いた。
「できるだけ、はやく頼むぜ」
 ルーシルアは、噛みつくように言った。

■六十五頁

「……やっと、来たい場所にこれたんだ。そりゃ、楽しくなるさ」
 ルーシルアが呟くと、ドアのノックがあった。
「……どーぞ」
 すっ飛ばされた体勢から立ち上がりながらルーシルアは言った。
「よー。やっと来た」
 それは、いつかの男、ハーンであった。
「お前……」
「あ、おれ、ムラース将軍とは、師弟関係。お前と兄弟弟子。宜しく」
 差し出された右手を、ルーシルアは左手で思いっきり叩いた。
 ぱちーん。といういい音がし、ハーンは痛みで悶えながらぴょんぴょん跳び回った。
「聞きたいことは山ほどあるが……。用件はなんだ」
 おもに〈黒の国〉での事だ。
「……裁判権を得るための、戦い、あれね、明日の早朝から。もし勝てれば、その後すぐに裁判があるってさ」
 ハーンはそれだけ言うと、部屋から出ていった。
 部屋の説明もろくにきかなかったせいか、よくわからない部屋の構造に目を回しながら諦め、ルーシルアはベッドに横たわった。
「……さっさと、殺してくれればいいのに。」
 そのつぶやきは、誰も居ない部屋の中で震え、すぐに消えた。

 早朝、ルーシルアは闘技場へと向かった。ルーシルア自身、裁判権獲得のために戦う囚人を見てきた。
 本来裁判権は誰もが持つ者だが、犯罪の容疑者や参考人は、自分のてでそれを勝ち取らなければならなかった。
 プリズーンの闘技場にも似ているが、段になったところに、石の舞台があった。そこで、戦うのだ。
 石の上に上がり、剣を抜くと、現れたのは予想もしてない相手だった。
 輝く金髪。もう既に抜かれた剣からは、殺気がほとばしっていた。
「……罪人は、殺しても罪にはならない」
 いつかの自分が、呪うように、レーベンは言った。
 ルーシルアは肩をすくめた。その直後、始まりの合図が聞こえ、二人は剣を交えた。
 金属音が響き、舞台の上で二人はにらみ合った。
 直後に二人は間を取って、にらみ合った。
「……どうだ、本来なら、お前があとを継いだかも知れない、剣術を奪われる気分は」
 じりじりと二人は場所を回転させている。
「……俺は、お前のすべてを奪ってやるぞ! ルーシルア! お前が、連れてきたあの少女も! お前の命も! すべて!」
 剣呑とした事を叫びながら、レーベンはルーシルアを睨んでいた。

■六十四頁

 飄々と言うルーシルアに、鉄拳がとんでくるかと身構えたが、それはなく、もっと度肝がぬかれるようなものが、そこにあった。
 何と、ムラースの目に、涙が溜まっているのが見えた。目は充血している。眉間の皺ばかり気になって、全く気がつかなかった。
 それにしても、今は女性であるムラースに、泣かれるのは初めてだったので、ルーシルアは驚いた
「……すみません。本当に……。もっとはやくこれれば」
 うつむき、ルーシルアは言った。
「ルーシルア……。何を、しにきたんだ?」
「贖罪です。自分の罪を、償うために」
 そうか、とムラースは呟いた。
「……あと、師匠に殴られようと思って」
 ムラースはにっこり微笑み、そうか、と言うと、眼にも止まらぬ速度でルーシルアの頬を打ち、また生々しい音を立てながら、ルーシルアは後へすっ飛ばされた。

「この、お嬢さんは?」
 客室用の部屋に通され、一通りの説明が終わった後、ムラースは言った。
「……〈黒の国〉の、家出王女です」
 きっぱりと言った。隣でサークナヤがこっちを見て狼狽している
「そうか……思い出した。まだ幼かった君に、カミンズ国王は言ったのだったな」
 カミンズとは〈碧の国〉の国王である。
「『困ったことがあれば、私の国に来い』と、確か、そう言っていたな。……まさか、憶えていたのか?」
 サークナヤは頷いた。
「ふむ、我らが王女と、同じ名を持つ者だ。歓迎しよう。……ついてきなさい」
 ムラースに手を引かれ、サークナヤは部屋を出ようとする
「……あ、将軍」
 ふと思いついたようにルーシルアが言った。
「なんだ?」
「将軍って、何歳ですか?」
 フラウ・ウェアはある程度身体が成長してからは不老であり、そのため、興味で年齢を聞くと、爽やかに教えてくれるか、敵対されるか。そのことを思い出したルーシルアは、必死で訂正した。
「い、いえ、将軍はいつもお綺麗なので、ちょ、っと、気になっただけです」
 そんな弁解も虚しく、また後へすっ飛ばされた。
「調子に乗りすぎだ」
 そう言うと、ムラースは大きな音を立てて扉を閉めた。
 調子に、のりすぎか……。そう反芻して、ふ、と笑った。

■六十三頁

 城の門の前には、屈強そうな兵士が立っていた。
「……ここから先は、通れん」
「昔は、結構楽に通れたんだけどな」
「……サークナヤ様がお亡くなりになってから、この城の警備は強化されたのだ」
 このサークナヤとは、レーベンの幼馴染みで、ルーシルアを拾った、〈碧の国〉の王女であるサクナのことである。
「へえ。そうかい。……で、誰が殺したかは、知ってるかい?」
 となりにいるサークナヤが、あからさまにぎょっとした。
「……護衛だったルーシルアという男が、やったというのが噂では有力だ。何せ、行方不明だからな」
 どうやら、レーベンは私怨で俺を追っていたらしい。と、誰にも聞こえないように呟いた。
「んで、その男かやったと思うかい?」
「……私は、そうは思いたくない。まだあどけなさの残る二人が、仲良しそうに、話していたからな。……しかし、もし、それが真実だとすると……人は、とてつもなく恐ろしいものだということになる。」
 ルーシルアは鼻を鳴らした。
「城に入って、叫んで伝えてこい。」
「なに?」
 兵士の顔に疑問の表情が浮かぶ。どうやら、不審な人物だと警戒しているらしかった。
「……こう、伝えろ――」
 ルーシルアは息を吸った。
「――この、〈碧の国〉一の有名人! ルーシルア・アファンが! 今ここに、〈シンズ〉の烙印を押されに戻ってきた! 今ここに、裁判を要求する!」
 高らかに謳った。
 通りからはざわめきが波となって伝わり、城下町をぎゃあぎゃあと騒がせた。
 噂は一気に城中を飛び交い、さて、誰が迎えに来てくれるか、レーベンだったら嫌だな。だとか思いながら、ルーシルアは城門の前にあぐらをかいて座り込んだ。サークナヤは隣でおどおどしている。
 そして、人影が、あった。
 褐色の肌に、白い髪。その巻き毛を見て、ルーシルアはぎょ、っとした。全く期待していなかった相手。正直一番会うのがいやだった相手が、かつかつと革靴をならし、近づいてくるのが見えた。
 とんでもない速さで立ち上がり、右手でびし、っと敬礼しようとする声を、何か、ただならぬ気配が止めた。
「……ルーシルア……戻ってきたのか。今さら。」
「……ムラース将軍」
 その声には、当然、怒りがあった。
「……すみません。逃げまくったら、三年経ってました」

■六十二頁

「これ以上は、毒です」
「俺は早く行かないといけないんだ。何せ、俺を待ってるヤツが、沢山居るんでね」
 と、いってヤーが抱えている大きなボトルをこれまたぶんどると、一気に飲み干した。ヤーが止める隙すらない。
「……苦いな、予想以上に」
 ルーシルアは口をぬぐった。
「……今夜は、傷がふさがる痛みで寝られなくなるでしょう」
 少し呆れた風だったが、あくまでもやさしくヤーは言った。
「痛いのは、慣れっこだよ」
 ヤーは苦笑すると、出ていった。

 痛みは予想以上に酷かったが、すぐに止んだ。
「……」
 寝ようかと思ったが、寝れない。なんだそれは、と思いながら身体を横に立てた。
「……明日には、〈碧の国〉か……」
 今日も狼達に囲まれて眠るサークナヤをみて、ルーシルアは呟いた。
「……死刑か……たぶん、そうなるだろうな」
 慰めるように、狼の一匹が頬を舐めた。
「なんだよ。同情はいらねーぞ」
「……それが、それが……俺の、斎だ」
 ゆっくりと、ルーシルアは闇におちていた。
 今度こそ、空に月はなかった。

 ヤーに最後の別れを告げ、この美しい地中都市を後にした。
「いつか、また来るよ」
 ヤーのほかに、狼達も少し寂しそうだった。
「お前等、あんまり迷惑かけるなよ?」
 狼のうち一匹が、「ばう」と吠えた。「心配するな」。そう言いたげだ。
「じゃ、行って来る」
 ルーシルア達は外に出た。太陽は高くあがり、〈碧の国〉が目の前にあり、壁に囲まれた城下町は、活気に溢れている。
「……っと、かわんねえな。ここは」
「ルーシルア、本当に、良いの?」
「大丈夫さ。……サクナを守れなかった罪を、レーベンから逃げた罪を、今、ここで、すべて……償ってやる」
 そう言って、ルーシルアは堂々と通りを歩いた。一直線に行けば城につき、そして様々な手続きの後、裁判権を獲得するために、誰かと戦い、勝ち、そして裁判をし……おそらく、ルーシルアは死ぬだろう。
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■六十一頁

「……申し遅れました。わたしは、ヤーと言います」
 初老もとっくにすぎた鼠のように小さく背がおり曲がっている男が言った。
「……俺の名前は、大方、そこにいるサークナヤから聞いたんだろうな」
 ヤーは頷き、にっこりと笑っている。
「ルーシルア殿の傷がふさがり次第、〈碧の国〉への案内をつとめさせていただきます。何かあればすぐおよびください」
 そう言ってヤーは出ていった。
 ルーシルアは、目を伏せ、さっきの夢で、忘れていたことをふと、何となく思い出した。
 ――あぁ、そうだ。俺は……
 昔、母親は幼い自分を捨てた。動物が自分に攻撃を仕掛けるという呪いをかけて。だが、幼少、赤子だった自分は死ななかったのはなぜか。……母親は、「攻撃を仕掛ける」呪いなんて、仕掛けなかったのかもしれない。かけた呪いは、「動物が近寄る」呪い。あるいは、動物に好かれる呪いだった。そして、夜、ルーシルアの呪いが最も強くなるとき、赤子を、誰かが拾った。おそらく、子供を産んだばかりの動物だったはずだ。……きっと、妖獣だったに違いない。そうして、ルーシルアは育てられ、少女、ファンタンと出会い、人間であるルーシルアを、置いてきたのだろう。そして、ルーシルアは育ての親を捜すうちに、森の中で迷い、手に持った木の棒で、近寄る動物たちを殴り潰していたのだろう。そういう予想を立てた。
 真実かどうかは、判らない。けれど、心のどこかはそれを強く肯定していた。
 日光を浴びながらそんなことを考えていると、不意に声があった。
「ルーシルア?」
 サークナヤだった。
「おう。よく迷わずに、助けを求められたな」
「……何でかよくわかんないけど、そこの子が教えてくれている気がした」
 ルーシルアのとなりにいた狼が「ばう」と吠えた。「いかにも、そうである」と言いたげだ。
「へえ」
「……ファンタンは?」
「……あの動物使いの人が逃げて、ついさっきまで、ここにいたけど、どっかいっちゃった。」
 サークナヤが寝るまでは……と言うことだろうか。そうか、とルーシルアは呟いた。そして、目を閉じた。
 目を閉じながら、様々なことに思いふけっていると、部屋のドアが開いた。これも石製である。
「傷口をふさぐ薬を、持ってきました」
 ヤーが言った。
「ヤー、それを貸してくれ」
 ヤーはきょとんとし、そしてまた優しい表情に戻って、茶色い液体の入ったグラスを差し出した。
 それを殆どぶんどるような形で奪ったルーシルアは、一気に飲み干し、さらに手を出した。顔はあまりの苦さで歪んでいる。

プロフィール

KANTA

Author:KANTA
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