■2009年08月

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■三十頁

 ルラムの剣が真っ向から止められたかと思うと、はじかれ、くるくる回転しながら上へあがり、徐々に速度を失うと、下に向けておち、何とそれをルーシルアが掴んだ。
 場所を動こうとシャンとエネトゥスの首に、刃が突きつけられた。
 ルーシルアは「ざまあみやがれ」と言う風に笑っている。
「……」
 へなへなとルラムがその場にへたり込んだ。おそらく、自分の剣が使われたという情けなさと、自分の渾身の一撃がこうも容易くはじかれたところからそれは生じていた。
「その程度で、俺を引き入れようだと? 甘い」
 ルラムの眼に炎が宿った。それはおそらく、ルーシルアの今の一言に触発されたからだろう。
「ふ、ざァ、けんッなァあッ!」
 ルラムは力強く立ち上がると、白い犬歯が見える程にまで歯を食いしばり、右足を大きく後にやったかと思うと、腰に構えられた右拳をまっすぐに飛ばした。
 その拳はルーシルアの顔を捕らえ、ルーシルアは後にすっ飛んだ。
 見事な弧を描きながら床に叩きつけられるその男は、さっきまでの貫禄はもう消え失せ、鼻血を垂れ流しながら首に剣の刃を突きつけられていた。
 ルラムとフードを取り、汗だくの顔を見せるエネトゥス達が自慢げに突きつける刃をみて、ルーシルアは両手を上げた。
「わかったよ。どうすればいい?」
 鼻血をいまだに垂れ流すルーシルアを見て、二人はげらげら笑っていた。

「いよう」
 また、はんべそのファンタンと、うきうきするサークナヤを見送ってから、テーブルにつくと、見憶えのある少年が、話しかけてきた。正しくは、少女である。
「おう、男装馬鹿」
 ルラムの眉間にぴし、っと皺が入った。
「若いのにそんないらいらして、大変だな。もう少し女性らしく振る舞ったらどうだ? 最初どこの坊主かと思ったぞ」
「だとよ、ルラム。そのことに関しては俺も同意見だな」
 げらげら言いながら近づいてきたのは、エネトゥスだった。フードを被っておらず、短く刈った灰色の髪、左の目尻に奔る傷。茶色い瞳が、ルーシルアを見た。
 エネトゥスはどかっとテーブルにつくと何も言わずに出された紅茶をすすった。
「今日は、何のようだ?」
 すっかり気に入ってしまった、このパンをはさんだ食い物をかじりながらルーシルアは言った。
「シャンの命令じゃない。あくまで、個人的な興味。こいつはついてきただけ。」
 エネトゥスが後にいるルラムを親指で示した。
「興味?」
「あぁ」
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■二十九頁

 ――ばちん。
 短い悲鳴を上げ、何かが倒れた。おそらく、ルラムだろうと思った。
「ルラムッ! どうし――」
 ――ばちん。
「エネトゥス? 大丈――」
 ――ばちん
 ゆっくりと目を開けると、そこには床に伏せる三人の姿があった。
「ば、化け物か、お前」
 ルラムが罵った。その声には力がない。
「〈ファントム・ペイン〉だよ。鋭い刃を想像してみたんだが、どうだった?」
 ルーシルアにしては珍しく、飄々と言った。
「……な、めんなァッ!」
 ルラムが石弓のように跳ねた。ルーシルアは突き出される針のように鋭い剣を間一髪で避けると、また同じようにしてエネトゥスが剣を振った。
 左の二の腕がその一撃をよけ、血が奔った。
 かすっただけか。エネトゥスの呟き。それすら聞こえるほどに、ルーシルアは集中し、五感を鋭くさせていた。
 何かがはぜる音。咄嗟に振り向き、燃えさかる〈式〉を思考の及ばない何かが斬った。 ――一閃。精緻な〈式〉が斜めにズレた。二つになったそれは蛍のような淡い光を明滅させながら消えた。
「〈式〉を斬った……?」
 シャンがありえないと思いつつも、今、目の前で起きた出来事をゆっくりと獲物を呑む蛇の如く呑み込んでいった。
 シャンがそう言っている間も、戦闘は続いていた。二人の一閃を確実に避け、確実の一撃を狙う。
 気の長くなるような戦い方だが、確かにその戦法であのウィリディンはたおされたのだ。そう思い慎重に剣を振るうエネトゥスをよそに、獣のように剣を振るう狼さながらの少女が居た。ルラムである。
 手に持つ物が次第に重くなってゆく、と言う親からの呪いをうけ、山のように重くなった剣を軽々しくも振るう。その一撃は、頑丈に造られたはずの床を砕いた。それはまるで子供がビスケットを叩いて砕くように軽々しいものだった。
 その光景に目をむきながら、ルーシルアは次の攻撃を鉄剣で受け流した。最早避けることが不可能なほど、速い一撃なのである。
「シャン」
 エネトゥスの一言で、床に細かな〈式〉がびっしりと書き込まれた。すぐにそれが、床の破壊を止めたのだと知れた。
 ルラムの激しい雨のような攻撃のせいで、迂闊に手が出せなくなったエネトゥスは、ルラムが放った一撃の刹那――目をむいた。
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■二十八頁

 それが顔に出た。
「いいかい。あんちゃん、あんたが殺した男は、姐さんの兄さんなわけ。わかる? あんな無様な戦いされて――」
「ルラム」
 女の厳しい声。その声の意味は、おそらくべらべら喋りすぎ、と言うことだろう。
「あの場で本当に戦わなァあの戦いの凄さはわからんよ」
 フードを被った男が言った。
「申し遅れました。わたくは、シャン・グルーベン。そっちの男がエネトゥス・エヴァーグ」
 女に紹介され、男が一礼した。
「この子が、ルラム・ウォブニアル」
 少女は無愛想に軽く頭を振った。
「我々は、山岳都市・プリズーンのレジスタンスです」
 ルーシルアは頭を掻き、首をならし、あくびをし、涙をぬぐった。
「……部屋にもどっても?」
「冗談のように感じるかもしれませんが、私達は真面目です。大まじめです」
「それで? 俺に入れと?」
「まとめれば、そう言うことになります」
「おいおい、折角手に入れた職を、みすみす手放せって? 無理だな」
「市長に充実な兵士のふりをしていただければ結構です。そして、いざというときには――」
「戦えと?」
 ルーシルアが言うと、シャンは頷いた。
「あなたはこの街に何の義理もないはずです」
「……断れば?」
 眉間に皺を寄せながらルーシルアが答えた。
「断れないような状況をつくってますから」
 気がつけば、三人の戦士に囲まれていた。エネトゥスは剣に手を伸ばし、ルラムは盲完全に剣を抜き、シャンは右腕に〈式〉を発動させ、それで攻撃を仕掛けようとしている。
「……まるで舞台のようだな。秋の謝肉祭の出し物みたいだ」
「へェ、じゃァ今からあんたは、あたし等を倒す、っていうのかい? それが王道ってもンだろ?」
 ルラムが言った。
 ルーシルアは剣を逆手に構えた。刃は床を向いている。その風情はどこかうきうきしているようにも見える。
「そういうことに、なるな」
 ――下手な剣よりも、鋭い――不意にクンファーの言葉を思い出した。
 やってみる価値はあるな。そう呟き、目を瞑った。
 その場を襲うような感覚。津波、竜巻、炎、一振りの剣。
「なんだァ……? 降参かァ? つま……」
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■二十七頁

 女が呟くと、少年は嬉々として腰の剣を抜いた。
「でも、自分だけでやりなさい。私達は何もしないわ」
「上等ォ上等ォ」
 ルーシルアは身体から力を抜いた。剣の柄が指に軽く引っ掛かる。
 ゆっくりと、男が踏み込んだ。剣を片手で握り、刃を横に倒している。胴体めがけて迷わぬ一閃。
 ――遅い――ルーシルアの眼に炎が宿った。――その程度か
 一瞬にして、勝負にけりが付いた。
 ルーシルアの鉄剣が相手の首筋に当たり、首を切り落とそうとするところで止まっていた。男の剣はルーシルアの脇腹を通り過ぎ、刃は当たることなく通り過ぎている。
「……」
 少年の目が丸くなった。
「だから言ったろう。お前の勝てる相手ではないと」
 フードを被った男が言った。今にもげらげら笑い出しそうな調子だった。
「……ちぇ。なんだよ、なんだよ」
 少年が今にも剣を投げ出しそうな勢いで地べたに座り込んだ
「あぁー、もう。どうせあたしは弱いですよ」
 ルーシルアは男のその言葉につい反応してしまった。
「あたし?」
 もう一度そいつの服装を見ると、どこからどう見ても男物の服である。
 フードを被った男が今度こそげらげらわらいだした。
「あたしは、女だ。くそぼけ」
 とても女とは思えないような罵詈雑言。
「おいこら、エネトゥスのおっさん、いつまでわらってンだよ」
「良かったな、男装馬鹿」
「ンだとォ?」
 いがみ合う二人をみて、女が咳払いをした。
「こんばんは、アファン」
「……」
 その女が言った。どこか見覚えがある気がして、ルーシルアは首を傾げた。
「今日の戦いは、見事でした。ウィリディン相手にあそこまでやる人間は、そうは居ません。」
「……どこかで、会ったことが?」
「本日の戦いで、あなたを闘技場へ導いた者ですよ」
 そう言われ、合点がいった。
「あの黒い礼服の……」
「あたしならもっと巧く殺せたもンね。甘いよ。首筋に刃を引っかけて殺すなんてさ。姐さんだって、もっと巧く殺して欲しかっただろ?」
 少年もとい少女が話に割り込んできた。おい、こら、どういう意味だくそがき
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■二十六頁

「なんだ、おどかすな」
「俺も驚いたな。以外と、色男じゃないか」
 その腰の剣には鎖がない。クンファーが剣が振れる時刻になったことを告げていた。燃えるような赤い剣。
「……今から、稽古か」
「いいや。今から寝る」
 そう言うと、クンファーは剣をおさめ、自分のベッドに横たわった。
「おやすみ」
 ルーシルアが言うと、クンファーがいびきで返した。
「じゃあ、いくか」
 自分をはさんで寝ている二人を起こさないように起きあがると、二人に毛布をかけ直した。
「……」
 何も言わず、部屋を出た。
 一階が光で濡れていた。咄嗟に階段の上で伏せた。
「あの男、本当にくるの?」
 女の声だ。
「部屋で寝てたりしてな」
 男の声。若い。
「確認してこようか?」
 店主の声だ。
「……私が行きましょう」
 女の声
 ルーシアは立ち上がり、階段から飛び降りた。右腕は剣の柄を握り、いつでも抜けるようになっている。
 話していた集団のちょうど真ん中当たりに着地し、剣を抜いた。
 〈式〉か何かでぼんやり明るい部屋の中で、女が一人、男が二人、そして店主がルーシルアを見ていた。
「ふむ、良い空気の持ち主だ」
 男の一人が言った。顔をフードで隠している。
「ンだよ、やンのか? おいこら」
 茶色い髪をした少年が言った。
「あなたのかなう相手ではないよ」
 女が止めた。
「でもよ、むかつかねェ? 剣を向けておいて。三人なら勝てるっしょ」
「〈ファントム・ペイン〉を使われれば、逃げられんぞ。使われなくてもお前にァ勝てん」
「あァ? 使われる前にぶっつぶせばいいんじゃねえの」
 二人の男が言い合う。
「……しょうがないわね」
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■二十五頁

「……どうした? サクナ」
「腕は、もう大丈夫ですか?」
 部屋の隅にいたファンタンが眉間に皺を寄せながら言った。
「お前達……今日の戦いを見てたのか?」
「ルーシルア……本当に良かった……」
 サークナヤはルーシルアの胸の中で呟くように言った。
「これも、クンファーが考えた計画の内だからさ……。心配は要らないよ」
「でも……もし、死んでしまったら、わたしは」
「大丈夫だ」
 自分にはそれしか言葉が無いのかと自分を呪った。それ以外の言葉を、自分を本当に心配してくれている少女に向かってかけることができなかった。
「ほんとう?」
 サークナヤの透明な瞳がルーシルアを見た。
「あぁ」
 ドアが開くと、クンファーが部屋に入ってきた。
「……」
 クンファーの眼が怒りで燃えていた。虚空を睨み、この世のすべてを憎んでいるような眼。
「……計画通りに、行ったか?」
「まあな」
 サークナヤがルーシルアから離れた。何も言わず、髪の毛を帽子で隠して部屋から出ていった。
「ファンタン」
 ルーシルアがファンタンと眼を合わせると、ファンタンは頷き、風のような速さでサークナヤを追っていった。
「くれぐれも、忘れるなよ」
 クンファーが言った。眼は未だに空を睨んでいる。
「あぁ」
 何があったのか、それは聞かなかった。この男は、今日囚人となった恋人に面会しに行ったはずだから、きっとそこで何があったのだろう。
「身体を、休めておけよ」

 物音がしなくなり、ミミズクがなきやむ頃、ルーシルアはベッドの中で目を開けた。
 起きあがろうとした瞬間、自分の両端に誰かがいるのに気がついた。
 右にはサークナヤが寝息を立て、左にはファンタンがうずくまっている。
 さてどうしたものか、いや、もしかすると俺の呪いは人間の引き寄せるのかも知れないなどと思いながら、右腕を下にして、起きあがろうとした。傷の痛みは無い。
 暗闇の中に、紅い神服を来た男が月明かりに照らされ、居た。
 その光景にすこし驚き、クンファーであることがわかった。
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■二十四頁

 包帯を巻きながらそれについていった。
 闘技場の中の通路をしばらく歩くと、ニス塗りの扉があった。
 その中に入った。
 靴越しからわかる高級な絨毯、金で縁取られた家具や、肖像画。それを一瞥していると、市長が言った。
「この書類に、サインを」
 そう言って市長は羊皮紙を取り出した。 
 むずかしい文がだらだらとならべられている。
「いや、君のような強い人が私の護衛についてくれるなんて、うれしい限りだね」
 市長が言った。ルーシルアは聞き流していた。
 羊皮紙と一緒に差し出されたインクとペンでさらさらと自分の名前を書いた。
「ふむ。これで君は私の兵士だ。給料の良さは保証する。私は山岳都市・プリズーンの市長、タイラン・プリズーン・ドッコだ。宜しく、アファン」
「……宜しくお願いします」
「今日は、とくに仕事もない。帰って貰って結構だよ」
 タイランがそう言うので、ルーシルアは形だけ一礼すると、そそくさ逃げるようにしてその場を去った。
 ――面倒臭いなぁ

「やぁ、護衛官どの」
 ルーシルアが宿に戻ると、店主が言った。
「どうも」
 そう言いながらカウンターの席に着いた。
「圧倒的だったそうじゃないか。あのウィリディンに」
 圧倒的? 一歩間違えばあの時死ぬのは俺だった。
「どうも」
 ルーシルアが答えると、店主は周りを気にした。何もないことを確認すると、ルーシルアに耳打ちした。
「お強い護衛官どのに、相談が」
 あらたまって言われたので、つい噴き出してしまった。
「なんです?」
「夜、皆が寝静まった頃に、ここに下りてきてください」
 店主の顔は真剣のその物だった。
「……わかりました。いいでしょう」
 そう一礼すると、部屋に向かって歩いていった。
 部屋に入ろうとドアを開けた。
「ルーシルアッ」
 そう言って飛び付いてきたのはサークナヤだった。
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■二十三頁

 男の首筋に、戦慄が奔ると、赤い血が噴き出した。男は、そんな傷は無いと思わせるほど平然と、ふり返った。
 微笑んでいた。やさしく。気丈に。
 ルーシルアの胸になにかが走り、亀裂を生んだ。苦い何かを押しとどめて、強い顔でそれを見据えた。
 男は斧を地面に落とし、さっきまで斧を握っていた手で、空を指差した。
「出会う、場所が、違えば、良き友に、なれたはずなのに……」
 男は、さっきまでルーシルアが思っていたことを口にした。
「もっと、楽に、死なせてくれるんじゃなかったのか?」
 男が笑った。ルーシルアも弱々しく笑いを返した。
「この街は……腐ってる……。すべては……あの男の……市の長の……」
 男が呟いた刹那、数十本の矢が飛んだ。背にそれは刺さり、男はうつむせにたおれた。
「……ウィリディン……」
 男の目は虚ろに空をたたえ、微笑していた。腕を押さえながら歩み寄り、ルーシルアはその目を見つめた。
 砂を踏む音がし、そっちを見ると壮年の男が沢山の兵士を従え、歩いてきた。その格好から、すぐにそれが市長だと知れた。そして、その兵士がウィリディンにとどめを刺したのだとも知れた
「見事だ」
 杖をつきながら男は言った。
「名は?」
 ルーシルアは今にも噛みつきそうな眼で市長を見た。
「ルーシルア・アファン」
 無愛想に答えた。
「アファン君、すこし、いいかな?」
 ルーシルアが頷いた。
「シャン、傷の手当てをしてやれ」
 市長が言うと、さっきの女が近づいてきた。
「腕を」
「いらない」
 手をさしのべる女の手を左手ではじいた。
「……止血だけでも」
 そう言うと、右腕に暖かい精緻な〈式〉が現れ、血が静かに固まり、血が止まった。
「……ありがとよ」
 さらに包帯を巻こうとする女の手から包帯をぶんどった。
「それくらい自分で巻く」
「終わったのなら、こちらへ」
 市長が言った。砂の上をゆっくりと歩いていく。
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■二十二頁

 会場が湧いた。小さくも、大きくも、賛嘆の声に包まれた。
 右を向き、下方から上へ――。右に居る狼の上半身と下半身を断裂する。
 前を向いたまま、右手に持った剣を左の腋から通す。
 すぷり、と丁度とびかかってきた狼の眉間を貫いた。そのまま腋から剣を抜く。左腕に遮られた狼の身体が、剣を抜くにしたがって地面に落ちた。
 わずか数秒で、三匹の狼を平然とした顔で返り血一つ浴びず、斬り殺した男。会場が、その男の存在に息を呑んだ。静寂が、その場所を包み込む。
 雷鳴のように轟く音が聞こえたかと思うと、それが足音だとしれた。
 ルーシルアの背丈の倍以上もある巨大な男。熊を思わせるその体躯。上半身は裸で、これもまた大きい斧斤。筋骨隆々の体の中から滲み出る厳しさと優しさ。それを感じて、出会う場所を間違えた、そう思えた。もっと、別の場所で出会えれば、良い友になりえたかもしれない。
「勝敗の決着は、どちらかが死ぬまでです」
 女が言った。
 目を伏せ、歯を食いしばった。
 目を強く開き、そこにあるものを見据えた。
「きっちり、楽に殺してやる」
「宜しく頼むよ」
 男は優しく告げた。
「名は?」
「ウィリディン・グルーベン。お前は?」
「ルーシルア・シンズ・アファン。ミドルネームは趣味だ」
 男は微笑んだ。
 観客席から声が飛ぶ。どうやら待ちきれないらしい。
「それでは、始めよう。どちらが、市の長を守るに値するか、決めよう」
 ルーシルアは頷きもせず、後へ跳んだ。
 剣を構えた。小細工は、この男に通用しないだろう。
 ぶんっ。男が斧を振った。
 鼻の頭すれすれで通り過ぎる。空気が焦げるほどの速さ。苛烈さ。そう感嘆する間に第二隙が来る。
 すべての攻撃を、すれすれで避ける。跳ぶ。しゃがむ。裾を斬らせ、裾を斬らせ、相手に「あとちょっとで当たるのに」という焦りを与える。
 振れば振るほどその攻撃は大振りになっていく。
 避ける。そのことだけに集中する。
 男の斧が、高く掲げられた。
 ――来た……
 その強烈な一撃を避け、踏み込み、斧を持つ方の腕へ通り抜ける。
 ルーシルアが右の二の腕を押さえた。ぱっくりと裂け、赤い血がとめどなく溢れ出る。苦痛に顔を歪ませながら、ふり返った。
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■二十一頁

 サークナヤが感嘆する。
 ――やば……。
 ファンタンの所感。
「並んでみようよ」
 ――やっぱり……。
 落胆するファンタンをずるずる引きずるようにして列に並ぶサークナヤ。
 完全にくされた心のファンタン。
 ――もう、どうにでもして……

 黒い礼服の女が、ルーシルアを闘技場へと通す。椀を伏せたような形の闘技場の内部。白い砂が吹き、空気が乾燥している。そんな物よりも、ルーシルアは別のことに驚愕した。
 囲むような大群衆の数。
「まだ来ます」
 どんどん増え、闘技場の観客はぎっちり人で埋め尽くされた。
「まずは、あの狼三匹をたおしていただきます」
 女が説明すると、白い狼が三匹、唸りながら奥の通路から現れた。
「これが『正義と秩序の山岳都市・プリズーン』かよ……」
 ルーシルアが呟くと、女が淡々と説明した。
「今の市長が、市民の精神的緊張をほぐすために造られた闘技場です」
 へぇ、そう口には出さず、剣を抜き、切っ先を狼共に向けた。鉄剣の鞘が中身のない鞘と当たり、音を出した。正面、左右から迫る狼
 ――射す。幻の痛み、〈ファントム・ペイン〉。
 それは確実に闘技場にいた全員を包み込んだ。だが、最も強い焦りと痛みを感じていたのは、おそらく狼共であった。
 ――ぴりぴり
 ――ぴりぴり
 ――ぴりぴり
 ――ぴりぴり
 ――ぴりぴり
――ぴりぴり
 ――ぴりぴり
 ――ぴりぴり
――ぴりぴり
 ――ぴりぴり
――――とんっ
 剣で突く。
 一直線に正面の狼を貫いた。矢のように。一点の濁りも、汚れもなく。
 ――おお……
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Author:KANTA
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