■ショートショート

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■Shot Sight her

「もうちょっと右かな」
 僕は狙いを定めながら言う。
 川のほとり。
「けどそれだと家が入っちゃうかもよ」
 冬というせいもあって枯れた木の前。黒く塗りつぶされた四角の中で彼女らはしかめっ面だった。
「良いからはやく撮ってよ」
 今まで黙っていたランが言った。
「いや、でも、うぅん」
 重たくて黒い、今時はやらないフィルムカメラをぶら下げて、僕は写真を撮っていた。
「はやくー!」
 黒髪のイブキが僕を急かした。
「……うん。わかったよ」
 僕はシャッターを切った。どこか違和感があった。
 その音を聞きつけて彼女らは僕のカメラに群がる。
「どう? 上手くとれたぁ?」
「現像してみないと判らないよ」
「そっかー」
 イブキは残念そうだった。
「でも、どうしていきなり?」
 ランは首を傾げながら言った。
「今度、学校で、文化祭があるじゃないか」
「あるねー」
「あ、そうなの?」
 僕らは幼馴染みだった。高校生になってランだけは別の高校に行き、様々な理由もあって僕らは久しぶりに会ったのだった。
「それで写真展があるんだけど、出してみようかなって」
「ふうん」
「なるほどねー」
 ぱちん。とランが手を叩いた。
「私達をわざわざ呼んだって事は、何かしらお礼をしてくれるんでしょう?」
「え?」
「そういえば、そこのコンビニでウルトラマンソーダが売ってたんだよねぇ」
 イブキがすぐ近くのコンビニを見ながら言った。
「わたしは、肉まんが食べたいな……!」
 ちらちらと、彼女らは僕の方を見てきた。僕はカメラをケースにもどし鞄の中に入れた。
「しようがないな……」
 僕が観念すると、二人は手を合わせてきゃいきゃいはしゃいでいた。
 コンビニに向かう途中。イブキは僕の隣にやってきた。
「なんで、写真なんて撮ろうと思ったの?」
「……なんでって言われても……。人が輝いてる姿を、写したいんじゃ、ないかな」
 彼女は腕を組んで感慨深げに頷いた。
「……なんだよ」
 後ろの方からランの鼻歌が聞こえてくる。I'm just looking for one Divine hammer.
「私達にプリンをとられて泣いていたきみも、大きくなったか……」
「うるさいよ」
 コンビニの中に入る。
「人が輝いてる瞬間ってさぁ――」
 イブキに冷えたウルトラソーダ、ランに暖かい肉まんを買ってあげた。コンビニの外で食べる。
 イブキがウルトラソーダの外側に書いてあるウルトラマンセブンの設定やらを読み、腰に手をあて銭湯で牛乳を飲むおっさんよろしく一気に飲み干した。
「ッぱはァー」
 満足げな顔。そして、寒風が吹く。彼女はぶるぶる震え、隣を見た。
 隣には携帯電話をいじりながらランが湯気の上がる肉まんを頬張っていた。
 イブキは、肉まんを凝視する。
 その視線に気づいたのかランはため息をついて、肉まんを差し出した。
「……食べるの?」
「たべます、たべます」
 イブキがあんぐ、と口を開けて肉まんに手を伸ばす。
 僕は、咄嗟に――『人が輝いてる瞬間ってさあ』――カメラを取り出した。――ピントを合わせ――『生きてる、瞬間じゃないかな』――シャッターを切る――。

8166.jpg

「あー! なに撮ってんの?」
 ランが言った。どうやら不意打ちがいやだったらしい。
「はふはふはふはふ」
 イブキが何かを言う。しかし口には肉まんが入っているため、何を言っているのかが判らない。
「……っと。……輝いてる瞬間、見つかった?」
 肉まんを呑み込んだイブキが言った。
 僕は、迷わず、頷いた。
「そんなことより、次はフランクフルト!」
 ランが、僕の腕を掴んで言った。
「え?」
「『え』じゃないよ。イブキも、行こう」
「わあい。フランクフルトだ」
「……え? ……えぇ……?」



thank you、Guest Artist 零狐乃助
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■イブッキーからのお題で「FIRE ! FIRE ! FIRE ! BURN UP THE UNIVERSE」

 世界は飛んでいる。
 けれど羽ばたく音なんて聞こえない。世界は奇妙なほど静かだった。
 世界の果てに僕は立ってる。何も聞こえない。世界は死んでる。
 昔の世界が見えた。全ては水のそこにある。
 息をすって呟いた。
「くそったれ」
 こんな世界は要らない。僕は世界の羽根を点検する仕事に就いた。長い道のりだった。でも、もうすぐ全て終わらせてやる。
 僕らの世界は飛んでいる。醜く、延々と。世界の真ん中に羽根はあった。羽根の中に入った。悲鳴が聞こえてくる。世界はもう限界だ。
「僕が終わらせるんだ」
 世界の悲鳴が聞こえる。ずっと聞こえる。生まれたときから聞いていた。
 僕が終わらせる。
 灯油の入ったあかい入れ物を羽根に落とした。
 入れ物はばらばらになって消え、中身は薄く伸びていく。
「六つ数えて、火をつけろ」
 ずっと世界は叫んでいた。
「もう、休みたいんだろう?」
 六つ数え終わった。マッチに火をつけて羽根に落とす。羽根が燃える。
 赤く、紅く、朱く。
 炎は世界を黒く変える。燃やしていく。
 歪んで。ねじれて。砕けて。裂かれて。吹き飛ばされた。
 何もない空間に僕が残った。
「きみは生きるべきだ」
 世界が目を覚ました。



 七年ぶりに昏睡状態から目を覚ました彼女は感慨深そうに遠くを見つめていた。
「気分はどうですか?」
 記者が彼女を取り囲む。
「不思議な気分です」
 木漏れ日。陽の光。それらを見ながら彼女は目を細めた。
「と、いうと?」
「夢を見たんですよ」
 彼女は初めて数十人の記者の方を向いた。
「よくは憶えていません。ただ、誰かが、私は生きるべきだ。と」
「それは、だれです?」
「たぶん、私自身だと」
 彼女は言った。

■ゼロッキーからのお題で「Kiss me! or bite me!」

 正直、現実の高校には「ミス狐田高校」なんてもの存在しないと思っていた。
 だいたいそんなものがあったとして出る女もどうかしていると思う。何というか、言い方は悪いがそう言うのって自分の身体を売り物にしていることなんじゃないか? 娼婦とおなじものを感じる。
 だから僕がいまソレの会場にいるのは友達づきあいのためであって別に美人さんを見たいとか健全な理由ではなく、ただ単に友達づきあいのためなのだ。そうだ。友達付きあいは大切だ。
『優勝は、ナンバー17。代田 奈々子さん』
 一人の女性が立ち上がる。
「代田奈々子 二年 趣味:サイクリング」と書かれたプレートを胸につけた女性。年齢的には一つしか変わらないのに、洗練された女性らしさをその全身から感じる。
 長い黒髪や白い肌。奥深く、何を考えているのか判らない真っ黒な瞳が僕を見た。
 そして、微笑む。つい、はにかんでしまう。
 一目惚れした。
 高校の自転車乗り場から自分の自転車を引きずり出してまたがり、バッグからウォークマンを取り出した。イヤホンを耳に付け、再生ボタンを押してペダルを踏もうとした瞬間、誰かが僕を呼んでいるような気がした。
 イヤホンをとってふり返ると、そこには一人の女性が居た。
 黒くまっすぐ長い髪。透き通るように白い肌。
「気づいてくれたか。キミ、ちょっと手伝っておくれよ。私のカートが沈んでいる」
 深く黒い瞳がまっすぐに僕を見た。
「……カート?」
 最初はスーパーマーケット何かにある買い物かごかと思った。
「あぁ、私の愛機だ。ほら、そこにある真っ赤なヤツ」
 自転車置き場の最奥。そこに真っ赤な自転車があった。つややかなレッド。濁りも軽さも感じられない真っ赤な自転車だった。
 後ろの方に自転車が置いてあるので確かに取りづらそうだった。
「ささ、私のカートを救ってくれ給えよ」
「……」
 僕はこの人はこんな性格なのかと思いながら自転車を担ぎ、出してやった。
「ありがとう。……そういえばキミ、今日は前の方で見てくれていたね」
 ビックリした。まさか見えているとは。
「まあ、ハイ」
「そうだろう、そうだろう」
 彼女は腕を組んで頷いている。変な人だなぁと思いながら自分の自転車に跨った。
「それでは」
 僕はイヤホンをつけ、自転車をこぎ出した。
 幻想のままで終わらせておいた方が良かったかなぁと思いながら自転車を漕ぐ。彼女にはどこか幻滅してしまった自分が居た。
 偶像は偶像のままで置いておいた方が良かったかも知れない。
 今の自分の入ってくるのは視界の情報だけだった。それも考え事で殆どふさがれつつある。
 青信号に変わったのを確認してから自転車をこぎ出そうとしたとき、首がぐいっと引っ張られるのが判った。
 それと同時に、前をトラックが凄いスピードで通り抜けた。信号無視だった。
「……」
 このまま踏み出していたら、僕は……。
 不意に、イヤホンが外された。
 後ろをふり返ると代田奈々子が居た。
「キミ、自転車に乗っているときに音楽を聴くのはやめたまえよ」
「え、あ……」
「まあ、何もなくて良かった」
 と彼女は微笑んだ。
「あ、ありがとうございます」
「うむ、本来はそれで許してあげるが、今日の私は少し機嫌が悪くってね。なんせ、今日両親がいなくって料理を自分で作らなければならないのだよ」
「はぁ……」
 そうですか! それじゃあ! といって去れれば良かったもののそうはいかなかった。彼女は今も僕の襟をぎっちり掴んでいる。
「もっと残念なことに、私はそう言うのに疎いのだ。……命を助けたのだから、それくらいしてくれるよね?」
 頷くしかなかった。
 夕暮れ時に彼女の自転車の後ろについて行き、スーパーマーケットに向かった。幸い割と家からは遠くない位置だったし、父親が単身赴任でそれを良いことに家に帰ってこない母親しか家には居ないんだから心配何てしてくれないし、どうせ今頃知らない男の腕の中だろう。
「さあ、買い出しだよ」
 彼女は僕に買い物かごを持たせ背中を押す。
「さあ、キミ、私はカレーが食べたいぞ」
 何て図々しいんだ。
 僕がジャガイモを手に取ると、彼女が声を上げた。
「あぁ、キミ、芋は嫌いだから辞めてくれ」
 変わりにカボチャを手に取った。
 買い物を済ませ、スーパーマーケットのひとけのない駐車場で、買った物を彼女に渡すと、彼女はきょとんとした顔をした。
「なに?」
「……まさか、作るところまでやれ、なんていいませんよね?」
「言うが?」
 僕はため息をついた。
「ふつう、見ず知らずの男にそこまでさせますか?」
「見ず知らず?」
「えぇ」
「私とキミが? 見ず知らずだって?」
 僕はためらわず頷いた。
「……本当に、そう思っているのかい?」
「だって、そうでしょう?」
「私はずっと前からキミに目をつけていたよ」
「え?」
「入学式の時私があいさつをしたね。そのとき唯一寝ていたのがキミだ」
 そう言えば入学式の記憶はない。それにしても、見えていたのか。
「キミは最前線だったじゃないか」
 彼女は苦笑した。
「途中でキミは目を覚まして、きょろきょろしていたね。そのとき、キミの白い歯がみえたのさ」
 彼女が僕の頬に触れた。唇の端に触れ、にいっと伸ばした。彼女はまっすぐ僕を見ている。
「なあ、キミ」
「……なん、でしょう」
「キス・ミー・オア・バイト・ミー」
「……へ?」
 彼女は言った。なんだかマズイ空気のような気がした。彼女がじりじり近づいてくる。
「そ、それより、はやくしないと、日が暮れますよ」
 僕が言うと、彼女はにやりと笑った。ちくしょう、確信犯か。
 彼女の家は巨大な分譲マンションのワンフロアぶち抜きだった。
「……でけぇ」
 のこのこ女性の部屋に上がる僕は何とも間抜けだと思う。
「キミキミ、人の家なんて見たって面白くないだろう。台所はこっちだよ」
 僕は彼女からエプロンを渡され、ため息をつきながらそれをつけた。
 カレーを作る間、彼女は横に来ていろんな事を聞いてきた。主にカレーの作り方だったが、どんどん僕の話にすり替わっていた。
「キミは料理が上手いねぇ」
「まあ、両親がそう言う事しないから……」
「……どうして? って、訊いていいかい?」
「父親がずっと単身赴任なんだ」
「うん……」
「母親は、それを良いことに家に居ないんだ」
「うん……」
「それで、家にはずっとおばあちゃんが居てくれた。けど、去年死んでしまった」
「うん……」
「ホント、酷い親だよ」
「うん……」
「月命日にも帰って来ないし、おばあちゃんの遺産で遊んでるんだ」
「……つらいかい?」
 辛くなんか無い。そう言い返そうとしたとき、泣きそうになった。今までそんなことはなかった。ずっと一人で、上手くやってきたつもりだった。
「……、タマネギが、目にしみたんだね」 
 彼女はそう言ってくれた。
 タマネギによる謎の涙腺崩壊がおさまってきた頃、カレーが完成した。泣きながらもカレーを作るんだから我ながらひどい。
「よし、後はご飯だけだな」
 彼女は電子レンジにパックのご飯を入れ、暖めた。
「時代の進歩というモノは凄いな」
「……ジャーの使い方くらい憶えません?」
「キミが手取り足取り教えてくれるというのなら」
「じゃあ遠慮します」
 彼女は苦笑した。丁度ご飯が暖め終わった。レンジから出されたご飯パックは二個だった。二個?
「皿を出してくれ」
 僕は戸棚から一枚だけお皿をだした。
「一枚? 一枚で二人分か。キミがそんなに積極的とは思わなかった」
「いや、ちょっと待ってくださいよ。何で僕も一緒に食べることになってるんです?」
「私の両親も今仕事で海外だ。兄も居るが音楽関係で帰ってこない。孤独な者同士、一緒に夕餉を共にしようと思ったんだが、迷惑か?」
「いや、でも、その、マズイでしょ……?」
 彼女はまたもや苦笑した。
「知っているかい? 夫婦というものが離婚しない理由は、子供が居るからだそうだよ」
「?」
「子供が居ると離婚したくてもその子供のことを考えてしまって、そうはしたくないだろう。腐っても親。子供の幸せを第一に考えるんだよ」
「だから離婚しない。けどね、私はもっと簡単な方法があると思うんだ」
 彼女は哀しそうな顔で言った。
「……これ以上は言わないことにするよ。……おやすみ。私の我が儘に付き合わせて悪かったね。……今日はカレーを二人分食べることにする」
 そうは言われたものの、引き下がれなかった。どうしてだろう。このまま引き下がって互いに忘れてしまえばいい。けれど、帰ろうとすると、彼女の俯いた哀しげな顔がちらついた。
「話してください」
「キミには、関係ないだろう」
「有ります。孤独な者同士でしょう?」
 彼女は哀しげな顔のまま笑った。
「この話をすると、みんな私の元から去ってしまうんだよ」
「それでも、してください」
「……でも、やっぱり……」
「僕たち、同類でしょう?」
 彼女が顔を上げた。涙目だ。
「……噛んでくれ。跡が残るくらい」
 彼女は顔を真っ赤にしていった。
「噛めば、良いんですね?」
「え?」
「今言ったじゃないですか。『噛んでくれ』って」
 初めて彼女の引きつった顔を見た。
「本気か?」
「マジです」
 彼女の手を取り、引っ張った。
 彼女を抱きしめ、その白い首に噛みついた。さらさらな膚。青い静脈が見える。
「んっ……」
 跡が残るくらい、強く噛みついた。
 口を離すと唾液が糸を引いた。
 彼女の首にはしっかり僕の歯形がついていた。
 彼女は自らの首を撫でて、微笑んだ。
「しっかりつけたな」
「あなたには、哀しい顔よりも人を小馬鹿にするような顔の方が似合ってます」
 彼女は笑った。
「この歯形は、私達にとって子供の替わりだよ」
「え?」
「そう言ったじゃないか。私は子供によって夫婦間の仲を保つよりも、もっと簡単な方法があると言っただろう?」
「まあ、はい」
「歯形というのは目印だよ。キミの歯形は私だけのものだ」
 ちゃんと話を聞いてから大胆なことをするべきだと思う。
 彼女は自分の腕と僕の腕を絡めた。
「えっ……」
「ふふふ」
「あの……」
「これで堂々とキミを家に呼べるな。……そう言えば、キミの名前を知らないな」
 僕はあとちょっとで芸人的なズッコケをかます所だった。
 彼女はカレーに火をつけ、ご飯を温めなおす。
「知らないんですか?」
「うん。しらん」
「……」
 僕は自分の名前を告げた。
「ほう。素敵な名前だな。と、いうことは将来的に私は渡辺を名乗ることになるのか」
「……それって、決定なんですか?」 
 彼女はご飯を皿に盛り、カレーをかけた。
「ひどいわたしのはじめてをうばっておいて」
 明らかな棒読みだった。
「血こそ出てないが、この歯形は一生モノだな」
 彼女はにやりと笑った。全てに置いて嵌められた気がする。
「どうして、僕なんです?」
 男なんて星の数ほど居るのに。
「私の一目惚れだ」
「キミのその白い歯と、困ったような笑みが好きになった。あと、その大胆さも好きだよ」
 目の前で堂々とそんなことを言われると困る。
「……」
 カレーを食べている間も、他愛の無い会話をした。
「美味しかったよ」
「ありがとうございます」
「なんだ。怒っているのかい?」
「そういうわけじゃあ……」
「私に歯形をつけたんだ。責任は取ってくれよ?」 
 人を食うような笑み。なんか色々と嵌められた気がする。
「やっぱり、僕を嵌めました?」
 皿を乾燥棚に入れた。
「うん? もっとじっくり私のものにする予定だったよ。キミのことは」
 やっぱり嵌める予定だったのだ。
「けどどんどん口を滑らせる自分を止められなかった。スキー場を転がる雪玉のようだったよ。どんどん太っていくんだ。けどキミは受け止めてくれたね」
 彼女はそう言って微笑む。
「……まあ、同類だし」
 完全に片づけ終わった僕は手を拭いた。
「コレからも頼むよ? キミ」
 彼女は首の歯形をちらつかせながら言った。
「わかりましたよ……」
 彼女は台所の冷凍庫からアイスクリームを取り出した。紫芋味だ。やはり、変わってる。
「まあこのアイスは駄賃がわりさ」
「安い駄賃……」
「人の首に歯形を付けておいてよくいう」
 それを言われると何も言えない。
「明日はオムライスが良いぞ」
「わかりましたよ」
「ライスはチキンライスね」
「どうせ一緒に買いに行かせるんでしょう?」
「おぉ、自主的だな。と、いうか誘っている?」
 彼女はどこかウキウキしているようだった。
「まあ、僕も、一人じゃ寂しいですからね」
 半分嘘だったけれど、このまま家に帰るのもどこか寂しい。だから、約束を取り付けようと思った。
「ふふ。そうかそうか」
 彼女は本当に嬉しそうだった。
 本当に、笑っている顔がよく似合うと思う。
「……あなたの、哀しい顔なんて見たくないですから」
 呟いてしまった。彼女は固まり、そして微笑んだ。
「ありがとう」
 眩しくて見ちゃいられないな。僕は強がってそんなことを思った。
「なあ、キミ」
「なんですか?」
 ソファに座って一緒にテレビを見ていると、彼女が言った。
「私のことは好きか?」
「え……?」
 彼女はまっすぐ僕を見つめてきた。
「……嫌い、だったら、あんな事しないでしょう」
「フフ、そうか……」
 彼女は微笑んだ。
「ありがとう」
 彼女の頭が僕の左肩に乗った。

■Shot me! Sight me!

 授業が終わり、強制的な補習の前の出来事。
 僕が秋を感じつつもうたた寝に更けようとしたとき、教室のドアが勢いよく開かれた。
「ヨータ! カートが、私のカートがぬすまれたッ!」
 沈黙の教室。
 そしてざわめき。
「ヨータ?」「渡辺のことじゃね?」「っていうかなんでミス狐田?」「おい渡辺、紹介してくれよ」「カートって誰?」「ほら、スーパーマーケットに置いてあるアレだろ」「あぁアレか」「いや、ニルヴァーナのカートコバーンだろ」「洋楽バカは黙ってろよ」
「ヨータ! 聞いているのか?」
 僕は周りの視線に耐えながら彼女に駆け寄った。
「……なんで、来るの?」
「来ちゃダメなのか?」
 彼女は首を傾げた。その首にはカーゼが貼ってあり、僕の歯形を隠している。
「いや、僕にも世間体というものが……」
「いいから、私のカートが盗まれた!」
 彼女は僕の制服の裾を引っ張り、自転車置き場まで連れて行った。
「私のカートを探してくれ!」
「この自転車の中から?」
 カートとは彼女の自転車の名前である。
 山積みにされた自転車。ここの学校の生徒は僕も含めて自転車での通学生が多いのだが駐輪場が一個しかないので飽和状態なのである。
「そういえば、なんでカートなの?」
「何が?」
「名前」
「ニルヴァーナという伝説的ロックバンド、そのギターボーカルの名前だ。カート・コバーン。発音的にはコベインが正しい」
 彼女は自慢げに言った。
「へえ」
「なんだ、その反応は」
 ふて腐れた彼女をなだめていると、どこからかシャッターを切る音が聞こえた。
「なんだろう」
「写真部の人間だろう。さあ、捜せ」
「なんでそんな偉そうなの……?」
「酷い! 私の初めてを奪っておいて!」
「誤解を生むような言い方はやめてくれ!」
 僕が自転車の海をかき分けながら言うと、彼女のかすかな笑い声が聞こえてきた。
「……なに?」
「いいや、いつの間にか敬語を辞めてくれたんだな、と思ってさ」
「そりゃあ、毎日夕飯作りに行ってたらそうなりますよー」
「ふふふ」
 彼女の笑い声。自然と腕に力が入った。
「あったよ。これだろ?」
 僕は持ち上げ、自転車の川を渡りながら彼女の元にたどり着いた。
「おぉ! カート! 帰ってきたのね! 嬉しい!」
 こんな大根芝居見たことがない。
「まあ、見つかって良かったね」
「よかった。さあ、帰るぞ。キミ」
「僕、補習があるんだけどな」
「しらん!」
「マジですか……」
 と言いつつ僕も自転車を引きずり出した。
「フフフ。キミも帰る気マンマンじゃないか」
「……まあね」
「『ばあちゃん、俺を家まで連れて行ってくれ』!」
「なにそれ?」
「ふふ、キミには判るまいよ、っと」 
 彼女は真っ赤な自転車に乗った。
「だから、僕には補習が……」
「いいじゃんそんなのー」
 遠くからそんな痴話喧嘩をしてやって来たのは一組の男女だった。
「おぉ、親近感」
「そんなの憶えないで良いよ……」
 向こうの男女はこっちを見た。そして女の方が言う。
「あっ、ミス狐田」
 黒髪の女性が指差して言う。
「むむ? 私のファンかな?」
「わーい、握手してください」
 女の子は彼女に駆け寄り、勝手に手を掴むとぶんぶん振った。
「なかなか強引な子だね」
 彼女は僕の方を向いて苦笑した。僕も苦笑でかえす。
「レイジ、写真撮ってよ」
「イブキ……」
 レイジと呼ばれた男の方は困ったように言った。
「私はいっこうにかまわんよ。レイジくん」
「じゃあ、一枚だけ」
 レイジはカメラを掲げ、シャッターを切った。
「ありがとうございます」
「かまわんよイブキ君」
 彼女は僕に目配せし、僕も自転車に乗ると、ペダルをこぎ出した。
 学校の前にある坂を下っていると彼女が隣に来た。
「へんなやつらだったな」
「あなたがソレをいいますか」
「ふふふふふ」

■so long and Hello

バイトミーとか、ショットミー、はたまたショット・サイト・ハーとかと繋がっています。
オムニバス?
ちげぇよ。ただの続編だよ。
っていうか完全に同一人物ですね。なんか、ショートショートで終わらせるには持ったり無いキャラ群なので。






「キミ、キミの家はどこにあるんだい?」
 僕が台所に立っていると、彼女が訊いた。
「え? 一軒家だけど」
「それは以外だった。なら楽そうだ。住所は?」
 彼女はフォークとナイフをカチカチ鳴らしながら言う。
 楽って何だ。楽って。
「……四角ヶ丘の、団地のほうだけど」
「ほほう。ありがとう。……それよりも、まだかね?」
 僕は時計を見た。
「うぅん、もうちょっと時間が必要だと思うけど。キャベツの芯が硬くて良いのなら」
「それは耐え難い。仕方ないな。もう少し待つとしよう」
 彼女はナイフとフォークを机の上に置いたようだった。
 その後、僕らはロールキャベツを食べた。

 土曜日、僕は家にいた。二階の自室で出かける仕度をしていた。祖母の月命日が近づいているのでお墓参りに行こうと思っていた。
 すると部屋の窓が叩かれた。
 最初は気のせいだと思ったが、断続的に叩かれるそれ。そして、声がした。
「あけろー!」
 聞き覚えのある声。まさか。
「おーい! ヨータ!」
 間違いない。カーテンを開けて声の主を確認した。
「まったく。はやく開けたまえ」
 白い肌に長く黒い髪。代田奈々子はミニスカート姿で僕の部屋に侵入してきた。
 僕の家の庭には大きな木が立っているのだが、まさかそれを登って来たのだろうか。白い腕には細かい傷が入っていた。
「……わざわざ、登ってきたの?」
「そうだが?」
 本当にミニスカで登ってきたのか。何というパラダイス。
「普通に、チャイム鳴らせばいいのに」
 一応無難な答えを出した。
「なんだかあの木が『登ってくれ』と言っているような気がしたんだよ? 木だけに」
 その発想はなかった。
 と、いうか昨日わざわざ僕に住所を聞いたのはそう言う理由か。あんなアバウトな情報でよくわかったな。
「で、どうしてきたの?」
「意味はない」
「ないんかい」
 彼女は腰に手をあて、得意げな顔をした。
「そんなことよりも私の探索能力の高さを評価して欲しいね。二時間でキミの家を探し出したんだ」
 それってむしろ探索能力が低いんじゃあ。
「まあ、これも愛の成せる業さ!」
 そう言うと彼女は僕の腕を絡め取った。
「……あの、盛り上がっているところ大変申し訳ないんですが」
「なんだね?」
「今日はお墓参りに行こうと思ってたんだ」
 彼女が僕を見た。どこか気まずさを感じ、目をそらした。
「そうか……。お墓は、どこに?」
「おばあちゃんのお墓なんだけど、吉沢霊園っていうところ。駅で三つくらい」
「遠いのかい?」
「まあ、けっこう」
「……ねぇ」
 急に深刻そうな顔で言うので僕は驚いてしまった。最近は彼女の楽しそうな顔しか見ていなかったから。
「断ってくれて構わないのだけれど、私も、ついていって良いかな?」
「え?」
 彼女は僕の手を離して背を向けた。
「……」
「ダメなわけないじゃないか」
 くるりとふり返った彼女は嬉しそうだった。
「じゃあ行こうか」
 僕らはその後駅へ向かい、霊園を目指した。霊園は山の麓にあるらしく、そこへ向かうバスが出ていた。
 駅前で供えるための花束を買い、霊園に向かうバスに乗った。最後列のシートに座る。
 秋と言ってもまあまあ暑い。窓を開けると風が入る。
「本当に良かったのかい?」
 彼女が訊いてきた。
「何を今さら……」
 彼女はバスから外を眺めていた。
 不意に、彼女が手を握った。
「怖いんだ。誰か、居なくなるのが」
「キミも、今までの誰かと同じように、私の元から去っていくような気がして」
 手を握り返した。
「そんなわけ無いじゃないか。歯形までつけさせておいて」
 彼女がふり返った。そして、笑った。

 霊園に着き、祖母のお墓を目指した。
 祖母の墓標を見つけ、墓標の周りを片づけたりしたあとに花を生けた。
 線香に火をつけ、二人で手を合わせた。
 気が済むまでやって、墓標の前から離れようとしたとき、人影を見た。見覚えのあるシルエット。
 茶色い髪。派手な服装。
「……ッ!」
 心がざわついた。もうこんな事はないと思っていた。
「あら?」
 母親だった。
 ざわつく心を抑え、代田を殆ど引きずるような形で歩いた。
「へぇ……。私の血は争えないのね」
 出来るだけ笑って返し、その場をやり過ごした。
 来たときと同じ方法で帰ってきたはずだが、どうやって帰ってきたか憶えていなかった。ただ、なぜか部屋には代田も居た。彼女は僕の横に座ってずっと僕の手を握っていた。
「あの人、僕の母親なんだ」
「うん。そうだろうと思ったよ」
「あんな所で、会いたくなんかなかった」
「……」
「おばあちゃんのお墓の前で、会いたくなかった」
 部屋は静まりかえった。
 いきなり、指が痛くなった。彼女に握られている方の手。見ると、彼女が噛んでいた。
「イタッ! 痛い! 痛いって!」
 まだがじがじ噛んでいる。完全にくわえ込んで、がっつり噛んでいる。
「やめ、いたッ!」
 彼女が噛むのをやめた。口の中から僕の指が解放された。
「元気出た?」
 出るわけがないだろう。けれど、本当に心配そうな彼女の顔を見てしまった。
「……ま、まあ……」
「本当かい?」
 僕は彼女の頭を撫でた。
「本当だって」
 彼女はくすぐったそうな顔をした。
「元気になったんだね?」
「うん」
「ほんとうに?」
「うん」
「だったら、今日も私の晩ご飯を作ってくれるよね?」
「えっ……」
 彼女はすっくと立ち上がって得意げな顔をして見せた。
「そうだな。今日はハンバーグが良い」
「え、あの」
 彼女はにやりと笑う。
「期待しているよ?」
 嵌められた。

■About a boy

タイトルはまったくもって関係ない。

軽く連載化してきた。



 僕が彼女に家を教えたせいで、彼女は頻繁にウチに出入りするようになった。
 出入りしてくれるのは一向に構わないのだが、窓から土足で出入りされるのは困る。
 そんなわけで、僕は、正座する彼女の前に仁王立ちしているのである。
「ごめんよ。もうやらないよ」
「昨日もそんなこと言ってたよね」
「うぅ……」
 彼女はうなだれた。
「とりあえず、靴を置いてきなさい」
 僕がそう言うと、彼女はぱあっと顔を明るくし、靴を履いたまま立ち上がろうとして僕の視線に気づいたようだった。
「……」
 無言で彼女は靴を脱いだ。
 靴を置いてきた彼女は不敵な笑みを浮かべながら僕のベッドに寝転がった。
 僕は腰に手をあて、一呼吸置いてから机の椅子を引っぱり出して腰掛けた。
「そうだ、キミ」
 人のベッドの上をごろごろ転がる彼女が、不意にぴたりと動きを止め、顔を持ち上げていった。
「なに?」
「今日は、来るよね?」 
 その今さらな、かつ不敵な笑みを前に、僕は戸惑った。けれども頷きを返す。
「今、兄が帰ってきている」
「え?」
 僕の身体は硬直した。
「ちゃんと、三人分つくってくれよ?」
「……」
 脂汗が吹き出る。そして、その、彼女のお兄さんと対面したとき、僕はどう反応すればいいのだろうか。と言うかどんなことになるか判ったもんじゃない。僕の脳内にはやれ「妹は貴様にわたさん」だの、やれ「お前の血の色は何色だ」だの言う彼女の兄の姿が浮かんだ。
「さあ、そうと決まったら行こう」
「いや、やっぱ、今日は……」
「マン・ハント!」
「アッー!」
 彼女に捕まった僕はずるずると引きずられ、彼女の家に向かうこととなった。

 分譲マンションのワンフロアぶち抜き。彼女の家にはいるともう既に爆音でCDがかかっていた。
「ジローめ。ウルサイったらありゃしない」
 彼女はそう言うと僕を置いてつかつか先に行ってしまった。
 どうしようか。ぼくは頭を振り、覚悟を決め、中に入った。
 台所に行き、夕飯の準備をする。食材は買い溜めておいたし、大丈夫だろう。そう思ってシチューを作り出す。
「さあ!」
 彼女の声。リビングの方をふり返った。
「……」
 彼女の横にいるのは金髪の青年だった。どこからどう見てもイケメンである。金髪には染めたとき特有の痛みもなく、もともとそういう色だったと言われても違和感がない。
「鼻筋なんかがよく似ているだろう」
 彼女は自慢げに言った。
 言われてみればそんな気もするが、どちらかというと美男美女カップルっぽい。
「では、私は部屋を掃除するから。二人とも仲良くやっていてくれたまえ」
 そう言うと彼女はリビングから消えた。止める暇さえない。
 しかし数十分経っても彼は何も言わず、ただソファに座ってその長い足を組むだけだった。
 シチューが煮込む工程に入ったとき、彼が声を上げた。
「あぁ、きみ」
「なんでしょう?」
 失礼だとは思いつつもシチューを焦がさないことに僕は集中した。
「タマネギは入れないでね。おれ、嫌いだから」
 もう既に遅い。
「あ、もう遅かったりする?」
 彼はのんびりとそんなことを言った。
「あ、はい……」
「いや、別にいいよ。我慢して食べるから」
「どうも……」
 沈黙。シチューの煮込む音だけが響いた。
「なあ」
「……はい?」
「噛んだの?」
 何がなんだか判らなかった。そして、彼女のことだと知れた。
「噛みました……」
「ほぉ……。じゃああの話も聞いたんだ」
「はい」
「どう、思った?」
 背中に視線を感じた。今まで気づかなかっただけか。
「正直、引くだろ?」
 彼は嘲るようだった。彼女を嗤ったように思えたが、違うことに気が付いた。
「正直に言ってくれよ」
「いいえ」
 正直な言葉だった。
「僕は、彼女に笑っていて欲しいんです。ああいうところのせいで彼女が笑えなくなるのだとすれば、僕はそれを肯定できるようにしたいです。そうすれば、彼女は笑ってくれるでしょう?」
 気が付けばべらべらと喋っていた。
「……俺とは違うんだな。ちょっと、羨ましいぜ」
 彼はぼんやりと、誰に言うわけでもなく言った。
「あいつのこと、宜しくな」
 答えようとして、元気な声が流れ込んできた。
「もういやだ! あのへやくさい!」
 彼女は涙眼だった。何をどうしたら部屋掃除でそうなるんだよ。
「おぉ、今日はシチューか……」
 僕の横に立った彼女はそんなことを言った。
「そうだ、ジロー。紹介しよう。彼が私の婚約者、渡辺 葉太だ」
 僕は典型的なズッコケをかましてしまった。
「なんだ? 婚約者じゃ不満か……。じゃあ何がいい?」
「いや、そういう意味じゃなくて……」
「ふむ?」
 彼女は不思議そうに首を傾げるだけだった。
「まあいい。ヨータ。紹介しよう。私の兄で代田次郎。気軽にジローと呼んでもらって構わない。キミの義兄さんなのだからね」
 僕とジローさんは共に典型的なズッコケをかました。
「ちなみに次郎なのは父が太郎だからさ!」
 彼女はどこか自慢げだった。
「まあ積もる話はあとにして、夕餉といこうじゃあないか」
 彼女はどこか楽しげだった。それは、夕食を三人で食べるからだろうか。

 理由はともかく、そんな彼女をずっと見ていたいと、思った。

■掌編小説「蛾」

 山奥に住む父が倒れたと連絡が来たのはとある梅雨の時期だった。私は仕事を早退して父の元へ向かった。ところが山の麓にある駅を出た途端、それまで湿度を高めるだけだった雨は一層強まり私は少しだけ不安になった。それでも危篤した父の元に向かわない理由にはならないので、山中を走るバスに乗った。その頃にはもう雨は霧のように視界を覆う豪雨になっていた。
 バスが停留所にとまると、雨に濡れた学生達と共に一匹の虫が入ってきた。大きな蛾である。蛾は私の方へ一直線に飛び、Yシャツのボタンにひっしとしがみついた。そのさまに私は同情を憶え、少しの間ならと見て見ぬふりをした。
 窓から土色に染まる道路を眺め、一つ二つと停留所を過ぎた。三つめの停留所で止まったとき、私はふと蛾のことを思い出してYシャツのボタンを見てみた。蛾はまだボタンに泊まっていた。その蛾は改めて見ると以外に小さく、雨に打たれたせいか羽がぼろぼろにひしゃげていた。
 再び外を眺めると、そこには懐かしい田畑が広がっていた。父の田んぼもその中にあり、まだ私が中学生だった頃、同じような雨によって起きた土砂崩れでその田んぼが潰れてしまった事を思い出した。私は、そのときに父と大喧嘩をしたのだった。
 原因は些細なもので、毎日田んぼを掘り返す父が「どうせ俺の跡を継ぐんだから、学校なんて行かずに俺の手伝いをしろ」と言った事にあった。
 私はその「どうせ」と言うのが馬鹿にされているようで気に食わず、父を見返そうと毎日毎日机に向かった。机に向かう時間が長引く分、父と話す時間は減っていった。そのおかげで私は一流とは言えないが、実家の周りでは十分だろうというくらい良い高校に入り、大学へ行って就職することが出来た。
 実家の前にある停留所にバスが止まり、私は運賃を払ってすぐ飛び出した。雨は弱まり、家の玄関を開けるまで殆ど濡れなかった。家にはいると、右手の障子を開けた。そこには布団の上で父が寝かせられていた。隣には初老の白衣を着た医者らしい男が常に父の容態を確認している。
「あんた、なんでもっと早く帰ってこなかったんだい」
 医者の隣に座る母が怒鳴った。
「これが精一杯なんだ」
 私は短く返すと、数十年ぶりに帰ってきた家がかなり寂れていることが気になったが、何も聞かずに父より一歩離れ、立ったまま父を見下ろした。その身体は思っていた以上に小さく、硬く、大きかった手も皮膚がひび割れぼろぼろに見えた。
「あんた、洋ちゃんが帰ってきたよ」
 母は父の肩を叩いたが、父は目を開けようとしなかった。
「あんたも、お父さんに何か言いなさいよ」
 次に母は涙声で私に訴えたが、父の顔を正面から見るのはいつぶりかわからず、声が出なかった。
 ふいに医者が立ち上がり、脈拍を図る機材を見ながら大きな声で父の名前を呼んだ。母も同じように肩を叩きながら父の名前を呼んだ。私は呆然と立ちつくしながら、それがゆっくりと静まるさまを見ていた。と、同時に、ぼとりという音とともにボタンに泊まっていた蛾が落ち、畳の上に転がった。死んだ。
 ぶわっと私の視界は滲み、脚から力が抜けた。喉と眼がからからになるまで。涙が止まらなかった。
 父の手は、私の学費ために雨に打たれ、ぼろぼろになったのだ。
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■Bite me or,or……,eehhhhhhh……

懐かしい、かまれたい女の子の話です。
(ゼロッキーの方を見ながら)





 二年生になって、そろそろ進路のことを考えなくならなくなったけれど、僕は相変わらず彼女に言いように使われている。たぶん、恋人。たしか、恋人。おそらく、恋人。できたら、恋人。
「……」
 僕はそんなことを考えながら五月の頭から補習をサボって彼女の愛機を自転車の墓場から引きずり出していた。
「はい。もう奥の方に置くなよ」
「いやあ、毎日すまないねぇ」
「それはどうも。……っていうか、補習くらい真面目に受けさせてくれないかな」
「受けても寝るだろう」
「まあね」
「そのくせ私より成績が良いとは……ッ! 馬鹿なヨータ! カムバック!」
「代田さん……、三年生でしょ。……そんなんで良いの?」
 僕が言うと彼女はふむふむと腕を組んだ。
「なに?」
「敬語だね……。悪い傾向だ。私にした仕打ちを忘れたのッ? 非道いわ!」
 相変わらず非道い大根芝居だ。漫才にしか聞こえないレベルだ。いや、最近の芸人はレベル高いな。
「わかったよ。じゃあなんて呼べばいいの?」
 僕が聞くと彼女はカタリと動きを止めた。
「……あの、代田さーん?」
 石化した彼女に声をかけた。
「うーん……、悩むね……。けれど、代田さんはやめてくれ」
「……わかった。じゃあ、ナナ」
「……」
 彼女は苦い顔をした。
「何だよ……」
「キミはネーミングセンスの欠片もないね! せめてナコとかにしてくれ!」
「それもどうなんだ!」
「それよりも、はやくしてくれ! 今日は私の兄の友人がやって来るんだ!」
 彼女は僕を指差した。
「きいてねえよ!」
 僕も差し返す。
「今言ったからな!」
「畜生!」
「ちなみに今日はローストビーフが良いです!」
「何であんな手のかかるモノを! せめてビーフシチューとかにしなさい!」
「えぇー」
「渡辺ェーッ!」
 やって来たのは見覚えのあるような無いような、よくわからない女子生徒だった。
「誰?」
 彼女がきいてきた。
「わかんない」
 真面目そうな女性は僕の前に立つと凄まじい形相で僕を見た。
「また補習サボるの?」
「え……」
「何だ、委員長か」
 彼女が言った。
「知ってるの?」
「いや、委員長キャラだなって」
「意味がわかりません」
 小さい声でやってるはずの僕らの会話が聞こえたのか聞こえてないのか彼女は胸ポケットから生徒手帳を取り出して僕らに差し出した。
「……『宮田 杏』」
「誰?」
 改めてナコが聞いた。
「僕もわかんないよ」
「渡辺、クラスメイトくらい憶えてよ」
「……」
 僕は頭をフルスロットルで起動させて思い出そうとした。けど無理だった。
「ごめん、ちょっと憶えてないよ」
「それは寝てるからだろう」
「そうかな?」
「このあいだ、超能力研究部が取材しようとしてたらしいじゃないか」
「え? どうなったの?」
「あなたが寝ているので帰りました! 私が学級長になったからには、あなたはもう寝させませんし、帰らせません」
 宮田はそういいながら怒鳴った。
「あれ、ミス狐田」
 そういって角から現れたのはいつかの写真コンビだった。たしか、イブキとレイジ。
「渡辺君、……どうかしたの?」
「良いところに来た! レイジ君、未来の生徒会長、宮田杏の写真を撮ってやってくれたまえ! その大層な一眼レフで! きっと一生モノだ!」
 そう言いながらナコはレイジの首から下がる黒いカメラを指差した。
「え? いいんですか?」
「あぁ、私が許可しよう」
「あの、ちょっと!」
 主にイブキの絡みに飲まれた宮田を確認すると、ナコは僕の方を向いて親指で校門を指差した。
「……鬼畜……」
「何とでも言え! 行くぞう!」
「はいはい……」
 僕らは自転車に乗って学校を出た。後ろの方からはわりとのりのりな宮田の声が聞こえた。

■Bite me on the this world

 僕らは夜のローカル線に揺られていた。
「大丈夫かな。補導とか」
「まだ七時だから大丈夫さ」
「何時から始まるの?」
「八時半だよ」
 僕らはナコの兄、次郎さんのバンドのライブに招待された。というもののチケットが余ったらしい。
「……どうして、あの子も一緒に?」
 僕が指差したのは向かい側の座席に座り、制服姿でうとうとする宮田だった。僕もナコも着替えている。
「ヨータ。考えてみたまえ」
「なにを?」
「キミは一本釣りの漁師だ。今日は大物がかかったぞ。しかしその大物はあまりにも強い力で漁師を引っ張る。……すると、漁師はどうなるかな?」
「落ちるね」
「それが今の彼女の状態なのだよ」
「……うわあ……。可哀想」
 つまり無理矢理連れてきたって事か。帰ればいいのに。
「可哀想は女性にとってステータスだよ」
 ナコは偉そうに胸を張った。
「聞いたことねぇ!」
「さらに可哀想なポイントを教えてやろう。彼女は自転車を漕ぐ私の目の前に滑り込んできた。猛ダッシュで」
「猛ダッシュで?」
「猛ダッシュでだ」
 すごいな……。なんて言う体力なんだ。
「すると、どうなる?」
「……轢かれるね……。って、まさか……?」
「そう。ぶつかって気を失った彼女をそのまま連れてきたんだよ」
「許可無しかよ!」
 ナコとは電車の中で落ち合い、そのときは既に彼女が乗ってうとうとしていた。
「それより……、やばいんじゃない? それって」
「うむ。けど息はしていた」
「いやいや、そう言う問題じゃなくってね」
「ん、んん……」
 このタイミングで宮田が起きてしまった。
「……あぁーッ!」
「おいおい宮田君。電車の中では静かにしてくれたまえ」
 紳士のような大根芝居でナコが言う。
「……電車?」
 宮田が後を向くと、そこには走る風景があるはずだ。
「……拉致?」
「きみがその言い方で落ち着くのならそうだろう」
「えー……」
「驚くかい? そうだろうそうだろう」
「とりあえず、降ろして……」
「無理!」
 宮田は泣きそうだった。
「降ろした方が良いんじゃない……?」
「謝るから……、謝るから降ろして……」
 駅に着き、電車が止まった。
「降ろしてください……。お願いします……」
「宮田、降りて良いよ、もう」
「……そうだな。悪いことをした」
「お前ら早すぎだよ」
 聞き覚えのある声だった。金髪。ナコの兄、次郎さんである。楽器のケースを背負っていた。
「次郎さん?」
「俺はバイト帰りで行こうと思ってたんだけど……、その子なに? ……泣いてんじゃん! 渡辺くん何してんのさ」
「いや、これはナコが……って、宮田、はやく降りないと……」
 宮田の方を見ると、宮田の視線は次郎さんに釘付けだった。
「JIROだ! GLAYの!」
 宮田はGLAYファンだったらしい。たしかに、似ている。
「いやー、ちがうよ。似てるって言われるけど。あっちも金髪だしね。けど、あっちの方が格好いいよ」
「え? 違うんですか? でも楽器……」
「たしかにベースでポジションも一緒だけど、何ら接点無いよ、俺とは」
「そうなんですか……」
 というやり取りをしている内に電車の扉が閉まった。
「あ……」
 ついに帰るタイミングを宮田は逃してしまった。
「もしかして、降りるつもりだった? っていうか、なんで泣いてたの? 渡辺くんの浮気?」
「違いますよ!」
「んなワケないでしょう」
 一蹴だった。
「拉致られました」
 宮田の説明によって次郎さんの顔はどんどん深刻なものになっていった。
「……奈々子、集合」
「何かな?」
 次郎さんはナコを自分の膝の上に座らせると、ヘッドロックをした。
「いた、いたいいた……ッ、ギブ、ギブ……、ジロー、ぎぼぅ……」
 ナコの全身から力が抜け、それを次郎さんが支えた。
「これでチャラ! ごめんね。うちの妹が……」
「いえいえ……。次の駅で降ります」
「次もう終点だよ」
 宮田の顔が曇った。凄く可哀想だ。
「今日、都合は? 親とか大丈夫?」
 次郎さんが聞くと宮田はすぐ笑顔になった。
「大丈夫です。うち、親遅いんで……」
「じゃあ……、ライブ見に来れば?」
「良いんですか?」
「いいよ。チケットも余ってるし。でも、その格好を何とかしないとな。……でも、宇摩サンにきけば何とかなるよ。あ、宇摩サンって言うのはうちのドラマー。気むずかしい人だけど女性だから大丈夫だよ」
「じゃあ行きます」
 僕は宮田の手のひら返しようよりも、次郎さんのモテっぷりのほうが凄いと思った。
「……あの、私、宮田杏って言います。……お名前は?」
「名乗るほどの者でもない。……って言うのは嘘で、代田次郎。ちなみに長男だから。父さんが太郎なの」
「へぇ……」
 二人は他愛もない話をしていた。僕は次郎さんからナコを受け取り看病していた。ガクガク震えたかと思うと起き上がった。
「ふぉわああ!」
「……おはよう?」
「こら! ジロー! 落とす時は落とすと言いたまえよあぁもうビックリしたなあもう!」
「いったら落としていいのかよ」
 ナコの怒声にしかめっ面をしながら次郎さんは答えた。
「言えば落として構わないよ」
「どんなやつだよ」
 電車が終電に着いた。
「じゃあ行こうか」
 僕らは次郎さんの案内でライブハウスに入った。すぐに楽屋に入らされる。
「宇摩サン、服かしてあげてよ」
 楽屋には髭を剃る男と楽譜をずっと睨む男と、小説を読む金髪の女性が居た。
「あぁ?」
「いやさあ……」
 次郎さんは事情を説明した。髭を剃っていた男が爆笑し、楽譜を読む男は「シャレにならない」と言う顔をしていた。その女性は表情一つ変えずにバッグの中を漁り、Tシャツと黒いパンツを差し出した。
「右の廊下にトイレがあるからそこで着替えてきな。奈々子、知ってるだろ、お前。案内してやれ」
「宇摩さんの命令とあらば聞かねばなるまい」
「いやー、ばかばかしいな、相変わらずお前の妹はよ」
 髭を剃っていた男が顔を拭いてやって来た。
「代田さんに妹が居たなんて知らなかったですよ」
「だろ? こいつの妹濃いキャラしてるんだよ」
「私は昔、手を噛まれたけどな」
 僕はなんだかいたたまれなくなってその部屋を出ようとした。が肩を掴まれ、笑顔の次郎さんに紹介されてしまう。
「あの妹の彼氏……?」
「おまえ、あいつを手なずけたのか……」
「手なずけたって……」
 僕らはそのあと雑談をし、宮田が戻ってきて観客席に向かった。ステージは小さく、人も少なかった。けれど、楽しかった。とくに次郎さんのバンド、「LATE BLOOMERS」は凄かった。
 また来たい。そう思った。

■拳銃を手にした少年


 ぼくの学校ではけんじゅうがはやっています。
 学校のまえで黒い服をきたおじさんがにこにこわらいながらくばっています。じゅうだんをいれて、引き金をひくだけで嫌いなひとがころせるんだそうです。
 みんな、黒くひかるけんじゅうがかっこいいのでうけとっていました。ぼくのランドセルにもそれがはいってます。
 みんなそれをひとに向けて遊んでいます。けど引き金は引きません。ひいたら、あいてが死んでしまうからです。「いのち」はとてもたいせつなものなんだそうです。
 ぼくはみんながとても大切なので、ぜったいにむけても引き金はひきません。
 けれど、あるとき、おかあさんが怒りながらぼくにいいました。テストの成績が悪かったからです。「なんでこんな点数なの? ちゃんと勉強したの?」
 ぼくはそのこえがうるさいので、じゅうを向けてしまいました。それでおかあさんがだまってくれるかなと思ったからです。
 けれどつぎに気がついたときはかわいた音がなっていました。たんじょう日のときにならすクラッカーのような音でした。けんじゅうから白いけむりが出て、おかあさんがたおれました。
 きっと、おかあさんは寝たふりを、うたれたフリをしてるんだろうと思いました。
 テレビをつけてアニメをみているうちにおとうさんが帰ってきました。おとうさんがなにかをやかましくさわぎました。ぼくは手にもったままのままのけんじゅうをむけました。またかわいた音がして、おとうさんがたおれました。
 ふたりともそんなに疲れていたんだな。ぼくも寝ることにしました。朝おきてもふたりは眠ったままでした。そっとしておこうと思い、ぼくは学校へ行きました。

 これが、ぼくの最近おきたことです。
 さん年に組、山本 ケンタ



 僕が自慢げに席を見渡すと、クラスメイト全員が僕を見ていました。
「それは、言わない約束だろ」
 数十の銃口がこっちを向いて、数十の乾いた音が鳴った。
 まるで、誕生日みたいだ。

■ナイフを持った少女

 彼女は他人の前で涙を見せない。それがはなについてかのけ者にされていた。むしろ、彼女が周りを避けていた。
 けれど彼女は綺麗で、言い寄る男は少なくない。その度光る彼女の鋭い目の光はナイフに似てた。
(カッコイイな)
 僕は密かにそう思っていた。みんなの表情を見れば、たぶんそんなこと微塵も思ってないだろう。
 そう思いながらも、土曜の朝を犬の散歩に費やしていた。
 田んぼのあぜ道を抜けると言うとき、向こう側に見覚えのある女性を見かけた。
「あ……」
 彼女は僕に気づいてなかった。田んぼの横にある電柱に花束を添えていた。
 僕はそこから引き返すことも出来たはずなのに、犬の方が言うことを聞いてくれなかった。犬は、
「いつもの道を歩かせてくれよ」
 とダダをこねた。
「しょうがないな」
 僕は妥協してしまった。すると、彼女はこっちに気づいて、まず顔を隠した。目尻に浮かぶ涙もナイフのように輝いていた。
「なによ」
 彼女はわざわざ自ら僕が近づくのを待っててくれた。
「ここ、むかし、酔っぱらったおじいちゃんが原付でつっこんだって聞いたけど」
「……私の祖父だけど」
 彼女はいつものむすっとした顔で言った。
「あ、ごめん」
「犬の散歩?」
「そうだよ。たしか、名前がチャコ」
「『たしか』?」
「ごめん、よく憶えてないんだ」
 彼女は仏頂面を崩さずてきとうに頷いた。
「ねぇ、なんでいっつも不機嫌そうなの?」
 言ったあとでなんとなく、しまったと思った。
「祖父の言いつけ。『他人の前で笑うな』って」
「おじいちゃんっ子だったんだね」
 僕がそう言って、妙に、気まずい、沈黙が流れた。犬がドヤ顔でこっちを見てる。その顔はまさに「やっちまったな!」と言いたげだ。
「……ありがと」
「え?」
 彼女の頬は紅潮していた。
「照れてる……。ってことは僕はもう他人じゃないってことなの?」
 今度はきりっと僕を睨んだ。
「なんで、こんなヤツに喋っちゃったんだろう」
 次に彼女の顔に浮かんだのは暗たんとしたものだった。
「なんだ、ころころ表情が変えれるんだね。もしかしたら特殊メイクでその表情に貼り付けてるのかと思った」
「そんなわけないでしょう」
 呆れた顔になった。なんだか面白い。
「なんだか、きみを笑わせたくなってきた」
 僕がそう言うと、彼女は深くため息をついた。あきれ顔を深め、彼女は肩をすくめた。
「やってみろ」
 その顔は、ナイフみたいに尖った微笑みに見えた。
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■お題小説「ファーストフードの悪魔」

 野中 サナエは悪魔らしい。

 僕がファーストフード店のアルバイトを始める前から彼女は悪魔と揶揄されていたらしい。そういううわさ話をレジに立つ前情報として僕は聞かされていた。
「もしかして僕は身代わりみたいなものですか」と先輩に聞くと、
「いや、ちがうよ。生け贄だよ」と言われた。同じだ。むしろ酷くなってる。
 なぜ悪魔なのか聞いてみると、些細なことで二回に一回は口論になるらしい。いわゆるクレーマーというヤツで僕はそのことに心底驚いた。
 僕は遠くの二学期制私立進学校に通っており、同学年で一番綺麗な女性と言えばまず彼女の名前が出てくる。大きな財閥の令嬢だとか言う噂や、芸能界からのスカウトが来ているとか言う話もよく耳にしていたし、なにより清楚な立ち振る舞いはその確証もない噂をさらにそれらしいものにさせた。
「あの野中さんが……」
 彼女は口論になると偉そうに実名を名乗り自信まんまんにこちらの非を喋るらしい。
 別人だろう。その一言で片づけレジの前でファーストフード店の制服を着たままぼんやりしていると声をかけられた。
「すいません。野中サナエですけど」
「……はい」
 すぐに我にもどった。早速来たな、と言うのが正直な感想だった。
 声の主を見ると、やはりどこかで見覚えのある顔だった。学校の制服を着ているわけでもないし、髪も無造作に結んである。顔にはサングラスがあるので本人とは断定しがたい。だが、それはある女性に似ていた。
「すこしお時間よろしいでしょうか」
 僕は咄嗟に調理室の奥へ隠れ、顔だけ覗かせている先輩の方を見た。親指を突き立ててこっちの方を見ている
「……」
 僕の気持ちが伝わったのか彼はポーズを敬礼に変えた。あとでおぼえてろ。
「聞いてるんですか」
「え、あ、はい。大丈夫ですよ」
 僕はレジの向こうにでると、商品をお持ち帰りする人を待つようなテーブルに彼女を案内した。そこから怒濤の質問が始まった。
 言ってることがよくわからなかったが一言でまとめると「コーラのSサイズがいつもより少なかった」ということらしい。
 貧乏なんだろうな、お金持ちの令嬢って言う噂も確証がないし。いや、けど野中サナエと決まったわけではない。そっくりさんという事もある。この店はそんなにクレーマーが多いのかな。
「……では、商品の改善にお力を注いでいただけると言うことですね」
「あ、はい」
 すいません聞いてませんでしたとは言えず今日はそれでお開きだった。
 僕がいない間、先輩がレジ打ちをしてくれたらしい。ヘッドロックは勘弁してあげようと思った。
「どうだった? 凄かっただろ」
「はい」
 僕がその日上がるとき、先輩が言った。
「まー、頑張ってな。店長がいってたけどお前だけ時給五円上がるらしいぞ。特別救済措置って事で」
 安いわ。ってことは、僕はこれからあの野中サナエのクレーム専用になるのか。そう思うと、気分が暗たんとした。聞き流していたとはいえとても体力を使った。
 翌日、自転車に乗りながら睡魔をはらいのけ学校に向かうと学校の前の坂道で歩く彼女をちらりと見かけた。そのまま気にせずに追い越した。
 その日の昼休みに購買部に行ってパンを買い、中庭のベンチで食べることにした。テストも近いので片手には物理の対策プリントがある。
 ふいに、プリントに影が出来る。
「笠間(かさま)さん?」
 影を作ったのは、野中サナエだった。びっちりと制服を着こなし、黒く長い髪を結ばすにそのままおろしている。
「……いいえ、私はジョンです」
 そう返すのが精一杯だった。しかし相手がそれを受け入れてくれるわけもなかった。
「随分と遠いところから自転車で通学なさってるのね?」
 彼女の目が真っ黒に染まっている。
「ははは、片道三十分ですよ、ははは」
 冷静になろうと思った。
「すこしお時間よろしいかしら?」
 彼女が手をわきわきさせた。その手は「ころす」の三文字を表しているような気がした。
 僕は第二生徒会室に通された。野中サナエと面と向かう形で席に着いた。
「なんであなたがあそこで働いてるのよ!」
 彼女は怒鳴りながら机を叩いた。
「ついでき心で……」
「そんなにこの世とおさらばしたいの?」
「いやスイマセン」
「あぁ、もう……。よりによって……」
「サナエさんはどうしてあんなことを?」
「あん?」
 僕は黙っていようと思った。と思った矢先、彼女はこういう。
「学年一成績の良いあなたがアルバイトっていうほうがビックリしたわ。なんで?」
「実は僕しゅじゅちゅを受けないと来年の春には死んでしまうんです……」
 噛んでしまった。
「死ぬ予定を早めましょうか?」
「いや嘘です……」
 彼女は僕を睨みながら身体を横に向けて自分も椅子に座った。そしてため息をついた。その思い詰めた様子を見て僕は本当のことを話そうと思った。
「妹が誕生日で、頭も悪いし、会えば悪態ばっかりなんだけど……。なんでかなって思ったら、この高校にはいるときのケンカかなって思ったんです。僕は受験でピリピリしていて。だから、お詫びにっておもって」
「一年以上経ってるのに……?」
 僕は苦笑するしかなかった。そんなこと忘れてしまえばいいと自分でも思う。
「はい」
「……もう帰っていいわ。期末テストがんばりましょうね」
 僕は席を立って会議室を出ようとした。椅子に座ったままの寂しそうな背中を見て僕は何かを言おうとして、言えたのはしょうもない一言だった。
「このことは、誰にも話しません」
「はやく行きなさいよ」
 僕は扉を閉めた。
 月日はすぎ、テストが終わり月初め、僕は初任給というヤツを貰った。たった二週間の労働でもかなりの金額になった。ここまで来るのにあっという間だった気がするのはあれ以来バイト先に彼女が現れなかった事も関係している気がした。
 初任給を貰う間テストで午前中に終わると言うこともあって中庭で昼食を食べることもなかった。
 学校全体が秋休みへと向かっていく中、僕は久しぶりにパンを片手に中庭のベンチで食事を始めた。少しして隣に誰かが座った。誰かはすぐにわかった。
「お久しぶりです」
「どーも」
 彼女はぶっきらぼうに返した。彼女の身体が自分と正反対を向いていることに気づいた。僕と野中サナエの左腕は当たるか当たらないかのところにあった。
「妹さんにはなに買ってあげるの?」
「んん、……下着?」
「死ねよ」
「ごめんなさい」
「……で、本当のところは?」
 僕はすこし考えた。ふと、深夜妹の部屋から流れてくるエレキギターの音を思い出した。母さんが何度も注意しているのも見かけた。
「ヘッドフォンです」
「買ったことあるの?」
「なにを?」
「ヘッドフォン」
「あるわけねーだろ!」
「あんた一回シメないとわかんないの?」
「つい……」
 彼女はため息をついた。
「僕よくわかんないんでサナエさん選んでくれませんか?」
「は?」
「いや、シメるのだけは勘弁してください」
「あんたはばかなの?」
 彼女は心底呆れたようだった。
「今のは……、……驚いただけよ。そう。あんたはボケるにしても急すぎるのよ」
「……ボケていいですか」
 急すぎると言うことは事前に申請すればいいのだろうか。
「いまこの手にロープがあったなら」
 彼女はキッと僕を睨んでいた。
「シメるのだけは……」
「あぁ、はいはい。……で、いつなの?」
 僕が首を傾げるとサナエは顔を眉間に皺を寄せて聞きかえした。
「だから、選んであげるって言ってるの」
 僕は驚いたが、なんとなく笑ってしまった。
 結局、買い物は今週末に予定された。
 週末になって僕らは例のファーストフード店の近くで落ち合った。妙に田舎なのが僕の地元でちゃんと欲しい物があるかどうか疑問だったが駅前の商店街を隅から隅まで見るとあんがい色々な物がある。
 野中サナエいわく、ヘッドフォンというのは楽器屋さんを捜した方がいいらしい。楽器屋に入り、財布と店員と相談しながらすこし無骨なヘッドフォンを買ってやった。
 会計をする間、彼女はずっとなにかを見ていた。会計を終えて近づくと何もなかったかのように違う方を向いて、おもむろに口笛を吹き始めた。
「へんなやつ」
「なによ」
 そのまま喫茶店にはいると飲み物を注文した。僕のおごり、というか僕は割り勘する気満々だったが会計の時に彼女はそそくさと店内の奥へ行ってしまった。
「いっとくけど、私はあなた達が抱いてるような幻想にはひとっつも当てはまってないからね」
 席について飲み物がくると、彼女はふいに言った。
「うん、二、三週間前に僕はそれをしりました」
 彼女は舌打ちして飲み物をストローで吸った。
「やなやつ……」
「棘のある草ってさ、逆に清楚で可憐だと思うんだよね」
「何の話?」
「身を守ろうとしている風な姿がさあ……」
 僕はコーヒーを一口のんで無糖であることに気づいた。
「なんだ、ここは無糖派層か」
「いっみわからん」
「キミも同じだろうと思って」
 僕が言うと、野中サナエは飲み物をすするのをやめた。
「……私はお金持ちじゃないから、せめてそう見えるように努力してきた。話し方とか。そしたら、変な噂も出回って、あとにひけなくなった。何かでそのいらだちを解消しようと思って――」
「あんな事したんだ」
 日常のストレスが奇妙なクレームへ繋がったということらしい。彼女はストローで飲み物をすすりはじめ、あっという間に空になった。
「僕のも飲みなよ。殆ど口つけてないから」
 僕が言うと彼女は無言で飲み物を受け取り、一口のんで同じように渋い顔をした。
「アンタ騙したわね」
「え? 言ったじゃん。『無糖派層』って」
 サナエは顔を引きつらせた。
「ホンット……。もういい」
 彼女は席を立とうと腰を浮かせた。
「きれい事に聞こえるかも知れないけど、自分らしく生きるのが一番だよ」
「その通りね。きれい事よ」
 彼女は完全に椅子から立ってしまった。
「けどきれい事が一番良いんだよ。……ほら、プレゼント」
 僕は買ったヘッドフォンの入っている紙袋の中から赤と白のチェック柄の紙で梱包された小さな固まりを渡した。
「……これ」
 彼女は梱包紙を取ると驚いたようだった。その手には鮮やかなキャンディーアップルレッドをしたハーモニカがあった。
「おかげで無一文だけど」
「なんで……」
「ヘッドフォンも買ったさ。けど、ずっとそれみてただろ。買い物に付き合ってくれたお礼」
 僕は飲み物をトレイに乗せてレジの横に持っていった。
「じゃー、帰りますか」
 駅前まで送る間、彼女はずっとハーモニカを握りしめていた。
 無言のまま、僕らは別れた。

 すこし日にちが経って、学校で「野中サナエは腹黒だった」というその通りな噂が流れ始めた。僕は惰性でバイトを続けていた。
「ねえ」
 サナエだった。
「やあやあ。自分らしくやってるようだね」
「誰かさんのせいでね。妹さんは喜んでた?」
「んー。喜んでたけど、ちょっと大きかったみたいだ」
 制服以外はそのままのサナエはレジに体重をかけるようにして話していた。
「ざまあみろ」
「今日はクレームいいの?」
「ファーストフードの悪魔も引退ね」
 聞こえてたのか。そんなことを思っていると彼女はふいに視線を逸らした。
「話し声がでかいのよあんた達。……それと、知ってる?」
「なにが? ここいらへんは人より猫の方が多いっていう根も葉もないうそは聞き飽きたぞ」
「そういう話じゃなくって――」
「え? まあそりゃ確かに街灯は少ないけど……」
「人の話を聞け!」
 僕はあらたまってしまった。
「知ってる? 校則」
 自分の顔が青ざめるのがわかる。
「バイトは禁止なんだよ? わかってる?」
 彼女はにやりと笑った。
「黙っててあげるから、テストの必勝法教えなさいよ」
 初めて見た彼女の笑みは、魔性のもので、たちが悪かった。

 野中 サナエは悪魔だった。

■新作短編

新作の短編です!
サンキュー、マイ トワイライト

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