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■レッツ シー イフ ザッツ トゥルー オア ノット 第一章-1

プロローグ

 忘れていたわけじゃないんだ。
 脇でエレクトールが階段の足下を照らしている。それでも静寂と闇は消えず、僕の頭をうろついていた。
 忘れていたわけじゃないんだ。
 反芻した。ようやく足は階段を登り始めた。一段ずつ、次第に速度は上がって、踊り場に出るころはもう走っていた。
 廊下に出た。壁にあるエレクトールが地面を照らしているがやはり暗かった。その奥。廊下の奥。鈍い光を受けて輝く黄金で縁取られた真紅の扉。開くことのない扉をたやすく開けた。
 そこに、きみは居たんだ。世界は一つじゃないと、きみは僕に教えてくれた。
 黒真珠のような瞳。烏羽色の髪が、月明かりをうけて光っていた。彼女はやっぱりニニーよりも美しかった。彼女の褐色の手が、こっちへ伸びた。



fyoushi.jpg




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■レッツシーイフザッツトゥルーオアノット 第一章・二





 試験当日、僕らはライゼを育成する学校に通っていて、そこの中庭に集められた。椅子が列状に並べられていて、僕らはそこに座らせられた。僕の座席は前列の左端だった
「ライゼとは世界全体の治安を守るものである。よって各地領を無断で行き来することを許可された――」
 試験官は今さらな事をだらだら話した。しかしライゼには強靭な肉体と精神が必要でありよってこの学校が存在する。聞きすぎて暗記してしまった。
「――君たちはこのことを名誉に思い――」
 あまりに長いので、後ろで椅子に座っているテレフォーンの頭が背中にもたれかかってきて、寝息まで聞こえてきた。僕は苦笑しながら試験官の話が終わるのを待っていた。
「それでは、それぞれの試験会場を発表する。エニモル、テレフォーンはヴェステン領、中央ライゼエスィヒ――」
 それぞれの試験会場が発表され、僕らは学校を出た。
「馬車、あるかな」
 試験は二人一組で行われるらしく、僕はテレフォーンと一緒にヴェステン領に向かう馬車を探した。学校は中央街道の行き止まりにあり、中央街道を歩き、広場に向かった。噴水のある広場には、五、六台の一頭立て馬車がとまっており、それに乗り込むサイモン達の姿も見えた。
 ヴェステン領行きの馬車に乗り込むと、間もなくして馬車はゆっくりと進み出した。
「何時頃、ヴェステン領に着きますか?」
 馬車の手綱を引く男に聞いた。
「晴れてるから速いと思うよ。半日くらいかな」
 そんなにかかるのか。今は昼前だから、深夜に着くことになる。
「なんせ、ヴェステンと言えば、レヒヌングよりも遠い西の辺境じゃないか。きみはまだ運がいいよ。この間の『ローゼンコールの大泣き』で着くのが一週間遅れたんだ」
 ローゼンコールの大泣きというのは季節の変わり目になると降る長い雨のことだ。
「あの時はもう地面がぬかるんでて、本当に酷かったよ」
 僕は適当に相づちを打った。
「だってさ、テレフォーン」
「……」
 テレフォーンは何も言わずに窓の外を眺めていた。そう言えば、僕はこの町から出たことないなと思いながら馬車の外に広がる景色を眺めた。
 閑散とした道路の上を馬車は走る。地平線の向こうには天を支える壁が見えた。この世界は壁で囲まれている。世界から出ることが出来ない。壁の外には何があるのだろうか。
 それを知っているのは、テレフォーンだけだ。



 祖父が死んで僕が一人で暮らしていたとき、彼女は現れた。家の近くにある巨大な壁。そこの排水溝の中に入る勇気の無かった僕は手を突っ込んだり中を覗いてみるが、ぬめぬめした苔以外は何もないし何も見えなかった。
「どうしてかべなんかあるんだろう」
 僕は薄汚れた灰色の壁を叩きながら言った。僕の真っ白い手に少し汚れが付いた。
 ある人はこれを護るものだといい、ある人は隠す物だと言った。だけど僕は納得していなかった。これは檻だ。僕達を閉じこめる檻だ。外には何もない。ただの檻。
 それを祖父が生きていた頃言うと、彼は優しく言ったのを憶えている。
「首の鎖を要らないと思えるのは、本当つよい人か、ただの馬鹿だ」
 僕はそれを思い出しながら、壁の前に膝を抱えて座った。
「さびしいな……」
 祖父が居なくなってからもう何年も経っていた。
「『だれか、いるのか?』」
 壁が喋った。残響のきいた声だった。
 僕はおののいて後ずさる。
「……な、なに? か、壁が喋った?」
「『壁……? 穴の中だ。ここは暗くって、よく見えない』」
 そう言われて排水溝の中に声の主はいるのだと気がついた。
「いま、引っぱり出します」
 僕は排水溝に手を入れ、精一杯伸ばした。
「『手……?』」
 手に何かが触る感覚があった。ざらざらの硬い手だった。
「『これか』」
「はい。引っ張りますよ」
 僕は精一杯引っ張った。以外と軽い。
 引っ張っていた何かが急にどこかへ居なくなった感覚がして、僕は尻餅をついた。頭上。烏羽色の長い髪を振り回し、黒真珠のような目と視線がぶつかった。間もなくして、彼女は僕の頭をお尻で踏みつけた。



「エニモル」
 テレフォーンの声で僕は目覚めた。どうやら眠っていたらしい。そう言えば外はもう真っ暗だった。
「ライゼエスィヒはどこですか?」
 馬車の運転手に聞くと、右の方を指差した。
「あそこにあるでかくて黒い奴だよ」
「ありがとうございます」
 僕らは大きな広場にいた。その円形の広場からは放射線状に道路がのびている。広場の中央に噴水はないが、変わりに巨大な女神象が立っていた。空気はかなり乾燥していて、きっと外は荒野だろうと予想した
「ライゼトゥディの方ですか?」
 景色の観賞に浸っていると、声がかかった。銀髪の少女だった。
「はい」
 テレフォーンが答えた。ライゼトゥディとは見習いという意味だったと思い出す。
「わたしはライゼエスィヒで雑用をしているマック=シェイカーと言います。こちらの馬車にどうぞ」
 さっき僕らが乗っていた物とは違い、屋根のない形状の馬車だった。
 僕らはその黒い一頭立ての馬車に乗ると、マックは馬車を進めた。
「僕は、エニモル=ティアです。こっちはテレフォーン=パピーア」
 マックが少しふり返ったので僕は小さくお辞儀した。
「……小さい……」
 テレフォーンが小さく呟いた。僕は聞こえてないと思ったが、マックが後を向いて睨んだと言うことは気にしているようだ。
「前見なくって大丈夫なの?」
「わたしは十三ですから。子供扱いしないでください」
 いや、子供でも大人でも安全に馬車ぐらい運転してよ。
「十三か……」
 テレフォーンがまた意味深に呟いた。マックはもう睨むことすらせず前を向いている。どうやら拗ねたらしい。
「テレフォーン、からかうのはよそうよ」
「もうすぐ着きますよ!」
 相当怒っているのか、マックは半ばこちらの方を見ながら怒鳴った。
 目の前にあるのは、僕らの学校何かよりもずっと巨大な黒い建物だった。
「……」
「これが建設百二十年の歴史を持つ我々のライゼエスィヒ。パレットです」
 マックは少し自慢げに説明した。パレットと言うのはこの建物の愛称のような物らしい。なるほど愛称もつけたくなる歴史と巨大さである。
「でか……」
 大理石の階段を上りながら言った。ドアを開け、中にはいると広々とした広間があった。暖炉、大きなソファ、書類やら何やらの積まれた長テーブル。二階、三階へ続く木製の階段。
「でか……」
「ふふ、凄いでしょう?」
 自慢げにマックが言った。
「余計に小さく見えるな」
 またテレフォーンはマックをからかった。マックはぎろっと睨むが、テレフォーンはけらけら笑っている。悪気はなさそうだ。いや、ちょっとあるだろうけど。
「マック、こいつらが今年の?」
 二階から長い髪を頭の後ろで結った赤毛の若い女性が煙草を吹かしながら降りてきた。
「彼らがか。へぇ、頼もしそうだ」
 もう一人。短く切った髪をきっちり分けた爽やかな壮年の男性だ。
「おい、さっさと降りんか。自己紹介は早めに済ませたいだろ?」
 最後は老人だった。殆ど白くなった髪。たっぷり髭を蓄えた男だった。三人とも着こなし方は違うとがライゼが着用する濃い藍色の制服を身につけている。僕は、ついに来た。やっとここまで。
 三人はゆっくりと広間まで降りてくると、横一列にならんだ。
「誰から言うんだ?」
 女性が言った。
「言い出しっぺでしょ」
 壮年が言った。
「歳順で行くぞ。おれはアートムング=フロイント」
 老人が言った。
「えぇ? ……ぼくはヴェンディ=インディン」
「私はメーレン=サナオリア」
「僕はエニモル=ティアです」
「テレフォーン=パピーアです」
 自己紹介がすむと、メーレンとアートムングが一歩後ろに下がり、ヴェンディは一歩前に出た。
「これより、試験の概要を説明する」
 てきぱきとマックがヴェンディに資料を渡す。かなり手つきが慣れている。
「この町から北の方向に抜けた場所」
 ヴェンディの説明。どこから持ってきたのかわからない黒板にマックが白チョークでかりかりと場所を書き込む。すかさず僕は持参した地図に場所を書き込んだ。
「場所で示した山で、変死体が多く見つかっている。君たちには、それを見つけ、見つけ次第破壊して欲しい」
 破壊? と思ったが聞けなかった。
「あの、死因は?」
「崖からの落下による物だ。だが、焼け焦げたあとや、どうも不自然な点が目立つ。エレクトルエベーネ。中でもシューターである可能性が高い」
 エレクトルというのは古代の遺跡から出土するレアエレクトールと呼ばれる無尽蔵のエネルギーを持つ円柱形の物で、それを利用した武器がエレクトルエベーネ。その中の遠距離攻撃に対応する物をシューターと呼ぶ。
「なぜです?」
「もっとも浸透率が高いからだ」
 もっともな答えだった。レアエレクトールの模造品であり使い捨てであるエレクトールタウが登場してから、その使い捨てという特性を大きく生かすシューターは大きく広まった。高威力で弾の値段が安いからだ。それが人に危害を加えることで幸せを感じる山賊などと言った輩に渡った事もあったが、規制はそこまで厳しくない。
「質問はもういいな?」
 僕は頷いた。
「それでは、マック。部屋まで案内してやれ」
「こっちへ」
 ライゼの三人がばらばらに解散する中、僕らは階段を上がり、廊下の奥の手前で右に曲がった。
「ここです」
 部屋は簡素な物で、テーブルとソファ、ベッドがあった。
「トイレは隣です」
 マックは言った。
「となりの部屋はメーレンさんの部屋なので、静かにしてください。何か、質問はありますか?」
 僕は首を横に振ったが、テレフォーンは何かあるようだった。
「飯は?」
「私が持ってきます」
「ふむ。何を食べればこんなに身体が小さくなるのか気になるな」
 またからかった。
「テレフォーン、いい加減にやめようよ。可哀想だし」
 なだめるが、二人の間にはパチパチ火花が飛んでいるように見えた。一触即発というやつだ。
「『かわいそう』? あなたもわりと小さいですよ。エニモルさん」
 喧嘩の矛先はこっちにまで飛んできた。
「き、きみよりかは大きいよ」
「でもベイビーに比べると小さいよね」
 テレフォーンの追い打ち。僕はもうふらふらだ。
「うるッせぇッ!」
 ドアが勢いよく開いた。メーレンがそこには居た。壊れたんじゃないのだろうか。床にドアの破片らしき木片が散乱してる。
 ドアを破壊したメーレンは僕らを一瞥で黙らせると、部屋の中に入ってきた。
「マック、何でこうなったのか説明してみな」
「……ごめんなさい」
「謝れなんて言ってねえよ」
 あんな刃物みたいな目で睨まれれば黙らずにはいられないだろ。けどそれを仲介する勇気もない。
「おちつけ。メーレンさん」
 テレフォーンだった。
 彼女はすまし顔で一歩踏み出した。
「なんだよ。……テレフォーン=パピーア」
 メーレンの眉間の皺が深くなる。
「彼女が悪いわけじゃない。私が悪いんだ。それは謝る。だが、いちいち怒るのもどうかしていると思うぞ」
 飄々と彼女は言った。
 沈黙。メーレンの目が据わった。とその瞬間、メーレンは横に倒れた。そこにいたのはヴェンディだった。どうやら助けてくれたらしい。
「い、ってぇ……。殴るこたねぇだろ! ヴェンディ!」
「こうでもしないと野獣は躾られんからな。お前のせいで怪我人が出たらぼくの責任なんだぞ。それに書類の整理、やれって言ったろ? 終わったのか?」
 メーレンは顔を逸らした。
「終わってないんだな。行くぞ。ほら」
 彼女は渋々ヴェンディのあとを着いていく。
「……メーレン」
 テレフォーンが呼び止めた。僕にはなぜ呼び止めたのかわからなかった。
「お前の腰に下げているそれは、シューターか?」
 たしかに、メーレンの腰にはシューターらしき物が下げられているようだった。
「それがどうした」
 メーレンはそう言うと、壊れたドアを閉め、消えた。シューター。ライゼなのに? ライゼは暗黙の了解としてシューターの装備を禁止とされているはずなのに。
 それにしても――
「――つか、れた」
 僕はふらふらとベッドの中に飛び込んだ。

■レッツ シー イフ ザッツ トゥルー オア ノット第一章・3




「エニモルさん」
 誰かが僕を起こした。
 夜だろうか。いや、エレクトールの明かりにしては明るすぎる。窓を見ると、朝日が差し込み、鳥が羽ばたいていた。朝だ。
「おはようございます」
 マックは無愛想に頷いた。わざわざ起こしてくれたらしい。それに、僕はどうやらあのまま寝ていたらしい。
「ヴェンディさんから朝食を預かっています。テレフォーンさんはまだ眠ってますが。起こしましょうか?」
 僕はテレフォーンを起こして不機嫌になられたときのことを思い出した。危険だ。危険すぎる。思い出しただけでも身の毛がよだつ。
「やめとこう。いつも勝手に起きるんだ」
 テレフォーンは毎日朝になると鳥のように覚醒していた。そして僕は彼女より起きるのが遅いと頭に水をかけられていた。それなのに起こせばパンの中に釘が入っていたりと一日中不機嫌で地味な嫌がらせが延々続くのだ。
 視線。それのする方を見るとベッドの上でテレフォーンが半身を起こしている。まるで猫だ。
「お、おはよう」
 惨劇を思い出したせいだろうか。恐怖でろれつが回らない。きっと顔も引きつってるはずだ。
「マック、何? それ」
「朝食です。リンゴもありますよ」
「でかした。小さいやつ」
「そろそろ殴りますよ」
 朝っぱらから鉄球を投げ合うような会話を止める勇気のない、というか止めればこっちに飛んでくることに気づいた僕はそれを傍観することにした。
「エニモルさん、ちゃんと止めてください」
「え、あ、小さいとか言うのはやめた方が……」
「お前は黙ってろ!」
 テレフォーンの一喝で粉々に砕け散った僕のわずかな勇気は明けて間もない空に消えた。僕は部屋に居たくなくなり、壊れかけたドアにとどめを刺さないように慎重に開け、部屋を出た。と同時になぜかため息が出た。
「やあ、受験生」
 声がした方を向くと、ヴェンディが歩きながら書類を片手にコーヒーを飲んでいる。かなり忙しそうである。声をかけられたとはいえ、仕事の邪魔をしているような気がした。
「忙しそうですね」
「まあね。八年前までは、アートムングさんがやってたんだけど……、きみの養父――お爺さんのロッキーさんが死んでから、めっきり無気力になってね。けど薪割りはしてくれるよ」
 ロッキー。ロッキー=ティア。僕の身体がまばたきみたいにびくっと震えるのがわかった。
「……最後に一つ、質問。していいかい?」
 僕は顔を上げた。彼の優しい緑の眼が見え、頷いた。なぜか断れなかった。
「きみは、お爺ちゃんに憧れたのか?」
 僕は首を横に振った。それだけは違う。
「壁の外に、何があるかを、僕は知りたいんです」
「……首の鎖を脱ぎたがるのは、強いやつか、ただの馬鹿なんだよ」
 祖父も言っていた言葉だった。
「僕は――」
 ヴェンディは自然としみ出したような笑みを浮かべて書類片手に迷路のような廊下の奥に消えていった。

■レッツ シー イフ ザッツ トゥルー オア ノット 第一章・4




「エニモルッ!」
 テレフォーンの一喝。戻る意識。乾燥した枯れ山の巨大な岩に座って、ぼんやりと朝のことを思い出していたのだ。あの笑みはどういう意味だったのだろうか
「ごめん。考え事してた」
「本当に?」
「……考え事と言えば、考え事かな」
 テレフォーンがひょいと地面に落ちていた石を拾った。
「試験に関係ある?」
「ありません」
 満面の笑みで全身に力を込めているのだから、下手な言い訳をすればきっとあの石が飛んでくるに違いない。
「……」
 テレフォーンは一度ため息をつくと、死体が落ちていた場所の上にある切り立った複数の崖を調べた結果を要点に絞って教えてくれた。実はテレフォーン、こういうのがかなり上手いのだ。
 共通点は全て崖の上から落とされ、崖は場所こそ違えど、地理的には全てベルクと呼ばれるこの不毛な荒野地帯でおきたと言うことだった。
 そして、テレフォーン曰くさらにもう一つあるらしかった。
「ベルクを表徴する枯れ山。つまり私達の居るここと、事件の起きた場所を線で結ぶと、その線は半径になるんだ。つまり、えっと……」
 僕の真横に座って地図を指差しながら彼女は説明してくれたが、急に言葉が詰まった。
「……つまり、場所が全て等距離って事?」
「そう、そうだよ。その通りだ」
「はやいな。予想外だ」
 テレフォーンが咄嗟に立ち上がって真後ろである山の来た道をふり返った。僕も立ち上がってそれを見ると、メーレンが居た。
「気づくのに、あと二、三日かかると思ってたのに」
「あいにく、学校で馬鹿やってるだけじゃないのさ」
「へぇ。じゃあ、もうかえりな。ここは危ないってわかったろ? お嬢ちゃん。ヴェンディはその報告で納得するだろうからよ」
「試験内容は目標の破壊。書類をまとめる事ではないので。……メーレン、あなたさまの武器は、シューターですかね?」
 相手の気を逆撫でするような物言いに、僕は冷や冷やしていた。嫌な汗が額をつたった。
「……」
 だが、メーレンの表情が急に険しくなった。同時に気がつけば両腕を差し出している。と思えば手には奇妙な形のシューターがあった。短い銃身に太い柄。その柄がおわったところに鍔があって分厚い刃の短剣が鈍く光っている。シューター? いいや、シューターのはずだ。いいや。そんなことをのんきに言ってる場合じゃない。シューターの銃口は明らかに僕らを狙っている。まさか、メーレンがこの事件の。
 考えていた時、何かが僕を吹き飛ばした。吹き飛ばしたのはメーレンだった。あの一瞬だけでここまで動いたのだ。
「立て! 立ったら逃げろ!」
 僕はメーレンの言っている意味が理解できなかった。この人は、色んな人を殺していて、それがばれそうだから僕らを殺そうとしていたはずだ。
「ぼさっとするな。にげろ!」
 僕は首を横に振って様々な物を思考や五感から吹き飛ばし、メーレンが対峙するものをみた。
 白い、巨大な蜘蛛だった。だがそれは蜘蛛のような生き物らしさは感じられない。
「エレクトールで動く人形だよ。こいつが殺してたんだ。わかるか? どうせわかんないだろうからその気絶してる生意気な嬢ちゃん連れて逃げろ。ガキ!」
 隣をみると、テレフォーンが痙攣しながら気絶している。外傷はなかった。
「エレクトルプッペだ! くそったれ」
 メーレンはその横で叫びながら次から次へとシューターとは思えない連射を見せている。よくわからないがベルトに付いている弾丸であるエレクトールタウに銃身を押しつけてリロードしているように見える。片手で撃っている間に片方の銃弾をリロードしてそれを撃って、その間に、という感じだった。
 僕は言われたとおりに無傷なのに気絶しているテレフォーンを担ぐと、山の入り口に向かってゆっくりと歩き出した。
 だがすぐに、何かのばらまかれる音がした。
 振り向いてふぐにわかった。メーレンの予備のエレクトールタウだった。当のメーレンは蜘蛛の足に踏まれている。
「メーレンさん!」
「さっさと帰れガキ!」
 蜘蛛の足が硬直して何かを吐き出した瞬間、メーレンの体は大きく痙攣し、彼女はぐったりとした。
「メーレッ――」
 蜘蛛の手前についている足が持ち上がると、こっちを向いた。背筋が凍り、何かが身体を貫く中、あの八本の腕がそれぞれシューターなのだ。――相手を気絶させる効果を持った――と気が付いたが、遅すぎた。
 乾燥した赤土に顔を埋める瞬間、祖父の形見。自分が今堂々と腰に下げている二対の剣が目に入った。
 わけがわからなくなっていると、どろりとした何かが頭の中に流れ込んできた。
 ますますわけがわからなくなって土の匂いを嗅いでいると、蜘蛛人形の動く音が聞こえてきた。このあとどうなる? 殺される。間違いなく、僕も、みんなも。
 ――だったら、これに頼るしかない。
 土の匂いを嗅いでる場合じゃない。僕は跳ね起きた。蜘蛛がおののいた様に見えた。人形なんだから、そんなわけ無い。僕は地面に落ちているエレクトールタウをごっそり片手で拾うと、祖父の形見を抜いた。気高い銀色一色の剣。鍔についている六つの小さな円柱形の飾りにエレクトールタウを差し込む。もう一方も同じようにしてエレクトールタウを差した。
 二対の剣の――どうしてこんな事をしているんだろうか。――柄の終わりを、繋げた。
 本来なら繋がるはずがない。だが、繋がった。柄は一本で刃が両極にある奇抜な剣。だがそれは正解らしかった。円柱形の飾りが下がり、刃が刀身からずれ、内部の構造が少し露わにある。そこから、エレクトール特有の青と黄色の光を両極の刃から発生させていた。なぜ出来たかわからない。けど、偶然じゃない気がした。
 僕は蜘蛛の足下に踏み込んだ。
 いける。剣を薙いだ。
 蜘蛛の方が一歩速く、剣は青い光の残像を残しながらかすっただけだが鋭い傷跡を蜘蛛の身体に残している。
 蜘蛛は身体を四本で支えると、残りの四本はこちらに向け、シューターとして弾丸を放った。
 僕は打ち落としていたがらちがあかなくなって剣を持っている右腕を突き出してそのまま剣をぐるりと回転させた。剣は黄緑色の光の残響を残しながら、向かってきた弾丸を盾のように弾いた。
 そのまま不安定な格好でシューターを撃つ蜘蛛の懐に潜り込み、斬り込んだ。まともに避けることができなかった蜘蛛は腕の半分を失い、地面に落ちた。蜘蛛の顔が僕を見ているのがわかった。
 その顔に、剣を突き立てた。



「首の鎖を取りたがるのは、強い奴か、ただの馬鹿だ」
 冷たい暖炉の前、祖父は暖かく言った。
「僕は馬鹿なの?」
「鬱陶しいものを取りたいと、私も思う」
 皺だらけでかさかさの堅い手が頬に触れた。
「本当に強い人は、愚かなことはせず、常に周りの人のことを考えている――」
「――私は、愚か者だと思うか?」
 なぜそんなことをいうのだろう。僕は何も考えずに否定した。
 祖父は何も言わずに微笑んだ。

 祖父が河で浮かんでいるのがみつかるのは、それから数日してからだった。



 目覚めて最初に見たのは紅い夕日に染まる空と、僕を見るテレフォーンだった。
 そのあと、どうも揺れていると気がついて、きょろきょろした。そして自分が馬車の上に寝かせられているのだと気がついた。
「マック、起きたよ」
 そこまで経って僕はテレフォーンの膝の上で寝ているときがついて飛び退いた。
「やっと気がついたんだ」
 テレフォーンは意地の悪い笑みを浮かべた。
「一番の立て役者なのに、また随分と寝てたな」
「つかれたんでしょう」
 前の座席には煙草を吹かすメーレンと馬車を操るマックがいた。
「もっと飛ばせよ。マック」
「一頭立てじゃこれが限界です」
「あの、蜘蛛はどうなったんですか?」
 僕が言うとマックは前を向いたまま説明してくれた。
「あなたが倒したようです。状況的に。そして私はあまりにも帰りが遅いので山に迎えに行けば蜘蛛人形の残骸と倒れたあなた方を見つけました」
「焦っただろ?」
 頬杖つきながらけだるそうにメーレンが言った。
「かなり。……メーレンさんはともかく、受験生死なせたらまずいですから」
「殴るぞ」
「それは勘弁してください」
 それ以降、会話はなかった。太陽が紅く照らす中、黒い馬車は荒野を進む。
 僕は愚か者だろうか。メーレンさんの命令を聞かずに、敵と戦った。
 死ななかったから良いじゃないか。
 とりあえず今は、そう思うことにした。
 割と速くライゼエスィヒについた僕たちはヴェンディに報告することになった。
「倒した? まさか」
 半信半疑である。エレクトルプッペと呼ばれるあの人形達はそう簡単に倒せる物ではないらしい。
「倒してた。あたしがねてる間に」
 メーレンは壁に寄っかかりながら言った。
「本当に? ……だとしたら、採用決定だな」
「採用?」
「ライゼには活動拠点があるって言うのは有名だけど、ライゼの試験に合格しても拠点の採用がないとライゼとして活動できないんだ。だから、合格と採用両方取れて良かったね」
「ほ、本当ですか?」
 つい声が大きくなってしまう。
「うん。けどとりあえず合格通知送ったからそれ取りに首都に帰りなさい」
「わ、わかりました」
 ライゼエスィヒを出ようとすると、ヴェンディが引き留めた。
「今は馬車ないだろうからもうちょっと待ちなさい」
「……はい……」

■レッツシーイフザッツトゥルーオアノット・第一章・5(6、7)

夜になってから首都行きの馬車に乗り、動き出した馬車の中から見送ってくれたヴェンディとマックに手を振った。
「あっというまだったね」
「……そうだな」
「ライゼになったんだ。だからさ」
 テレフォーンの視線を感じた。表情は暗くてよく見えない。
「ずっと、遠くまで、一緒に行こう。この世の果てまで」
 馬車の中がしんとなった。僕は何か変なことでも言ったのだろうか。
「馬鹿なこと言ってないでさっさと寝ろ!」
 テレフォーンは叫んだ。





 早朝、首都に到着した。
 行き慣れた坂道を登って学校の中庭に回ると、もうみんな集まって、試験官までいた。
「来たな」
 試験官の肩には鷹がとまっていて、鷹の足には紙が括りつけてあった。
「全員そろったところで、結果発表を行う」
 なぜかどんよりとした空気を無視して試験官は鷹の足に括ってあった紙をほどいて結果を述べた。
「合格、エニモル=ティア、テレフォーン=パピーアのみ。他の者は不合格となった」
「不合格? みんなが?」
 僕はつい言ってしまった。
「そうだ。エニモル」
 初老の試験官は厳かに言った。
「うそだ! 何かの間違いです!」
 僕は叫ぶが、眼のあったベイビーが静かに首を横に振るので、僕は黙りこくってしまう。
「両名に関しては、これから王への謁見を開始する」
「王への?」
「そうだ。一度の試験に二人も通るのは希だからな」
 試験官は言った。
「エニモル、また、いつものとこでな」
 顔に生気のないサイモンが僕に声をかけ、みんな中庭から出るのが見えた。いつものところ。つまり僕らの集まる酒場、バックシートドッグで会おう、と言うことだ。
「それでは、いこう」
 試験官が僕に言った。僕はただ試験官の後ろについて行った。
 王城は首都のちょうど真ん中に位置する巨大な建物で、中には貴族や王族が住んでいるという口承だが、実際のところ住んでいるのは王族だけで貴族は存在しないと言う。王族はまつりごとを仕切りこの国を良い方向へ導いているという。しかしその情報がこちらに入ってくることはなく、そのせいか悪い噂ばかりが立ってしまう。今から謁見するという国王、ワン=ケーニヒも悪い噂が絶えない。かなりの高齢にして女遊びが激しい、とか。
 王城の最上階、階段を上った廊下の突き当たり、黄金で縁取られた真紅の扉が僕らを迎えた。
「ライゼを連れてきました」
 先頭に立った試験官は扉に向かって言った。すると、扉が一人でに開いた。
 試験官は気にした様子もなく入っていき、僕はとなりにいるテレフォーンの手を引いて入った。入ってみてわかったが、どうやら侍女が扉を開けてくれたらしかった。
「リーベフントか」
 巨大な玉座に座る端整な顔立ちの老人が言った。頭に掲げられた王冠を見て、彼が王だとわかった。彼がワン=ケーニヒだ。
「はい」
 試験官が片膝をつくので、僕らもそれに倣った。
「二人か……。今年は多いな」
「アートムングからの推薦状も添えられていました。エレクトルプッペを倒す学生を不合格にする理由がない。と」
 あのぼんやりした老人の顔が浮かんだ。きっと推薦状を書いたのはヴェンディではないだろうか。
「アートムングか。また懐かしい名前だ。先代にあいさつをしに来ていたあの男も、今では立派な老人か……」
 国王は腕を組みながらうんうんと頷いた。アートムングと国王とではどちらが老けているのだろうか。
「おい、……エニモルと言ったか」
 急に話をこちらに向けられて、うつむきかけていた顔を咄嗟に上げた。
「はい」
「良いところに送られたな。少年よ」
 僕は縮こまって頷くことしかできなかった。
「ロッキーの養子か……」
 呟く声が聞こえた。きっと国王の声だ。
「きみ、もう下がって良いぞ」
 そう言われたので僕は立ち上がり、一礼してからテレフォーンに声をかけた。
「行こう。テレフォーン」
「いや、まて!」
 王が力強く言った。
「その少女は残れ」
 なぜテレフォーンだけ残すのだろう。その疑問は口に出すことなく消えてしまった。
「じゃあ、テレフォーン、バックシートドッグでね」
 それでもテレフォーンは顔を上げなかった。
 廊下に出てから扉を閉めようとしたとき、テレフォーンの黒真珠のような瞳と視線がぶつかった。彼女はこちらを見ていた。助けを求めるように。
 それなのに、僕は扉を閉めた。
 なぜ、国王はテレフォーンを残したのだろうか。
 そう思いながら馴染みの扉を開けた。バックシートドッグの扉だ。
 扉を開けた瞬間、きつい酒の匂いがした。まだ昼前なのに。
 従業員はしかめっ面をしながら給仕しているのを見て、僕は一瞬帰ろうかと迷った。だが、べろんべろんに酔ったベイビーやサイモン達に見つかり、むりやり座らせられた。
「まさか、落ちるとは思わなかったよ……」
 サイモンが言った。顔が真っ赤である。
 そこまで言われてやっと、これがやけ酒だとわかった。
「ほんと、何がいけなかったのかな……」
 ベイビーが言った。僕も酒杯を受け取りながら、その愚痴に付き合った。
「ベイビーはどうせ酒でも呑んだんれしょ」
 エスタが言った。珍しくエスタ、ヘルセイも呑んでいる。いつも酒は呑まないのに。
「呑んでねぇよ。ちょっと呑んだけど」
 ヘルセイが「それよ! それ」と言った。あたたかな空気に見えるだろう。それが僕には、酷く冷たいものにみえた。僕だけ合格したんだ。僕とテレフォーンだけ。
「くそう、こんな事なら真面目にやっとくんだった」
「なんで落ちたのかな……」
 いつもは喋らないホイテさえもぶつぶつと愚痴を言う。
「エニモル!」
 ベイビーが立ち上がった。それにつられて僕も立ち上がってしまう。
「頼む!」
 そう言って彼は僕の右手を掴んで両手で握った。
「俺は、俺を育ててくれた両親のためにライゼになろうと思ったんだ……。お前は、お前は、俺たちの、希望なんだ」
 気がつくとみんな立ち上がっていた。そして僕の手を握った。
「ライゼ、頑張れよ」
 視界がぼやけた。左手で涙をぬぐいながらみんなの手を握った。
「なります。ぼぐは、りっぱな、らいぜに、なります! かならず、みんなが、むねをはれるような、ライゼに、なります! ……必ず……!」
 もう何も見えなかった。ずっと、頬を涙がつたっていた。





 気がつくと、朝だった。円卓を囲むメンバーは一人かけたまま全員が突っ伏している。
「……テレフォーン……」
 僕は上手く動かない体を引きずって家まで行った。家にも、テレフォーンはいなかった。町中を歩き回ってバックシートドッグに戻ると、みんなが円卓を囲んでいた。今度は酒を呑んだりはしていないようだった。
「居たか? テレフォーン」
 どうやら筒抜けだったらしい。僕は首を横に振った。
「そっか……」
 ベイビーは哀しげな顔をした。彼女も、彼らにとって希望なのだ。
「おまえ、あいつが居ないとダメだからな……」
 一言余計だ。
「いつ、正式にライゼになるんだ?」
「えっと、さっき家に帰ったらヴェステンの方から手紙が来ていて、明々後日ごろには来て欲しいんだって」
 テレフォーンを探して家に帰ると、手紙が届いていたのだ。合格届と同時に速達で出したようだった。
「やったな。ライゼの試験に合格しても雇ってくれるところはそう見つからないらしいじゃないか」
 それはヴェンディからも聞いた話だった。
「……俺たちに、任せとけ」
「え?」
「テレフォーンは、俺たちが探してやる。だからお前は、家で準備してろ」
「でも」
「心配すんな」
 ベイビーはぽんと僕の肩を叩いた。
「おまえは、どんと構えとけばいいんだよ」
 僕は頷くしかなかった。
 結局、テレフォーンは現れなかった。

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■レッツシーイフザッツトゥルーオアノット第二章・1

第二章

 僕は相棒の背中から降りて、ライゼエスィヒに入った。薄い牛皮の手袋を脱いで、防風眼鏡を帽子の上にずらした。
「いま戻りましたァ」
「おぉ、エニモル君、どうだった?」
 専用の書斎からひょこっと顔を出したヴェンディが言った。
「やっぱ、山賊ですよ」
「シューターもってそう?」
「持ってると思います。今はやりの連射できるやつ」
「やっかいだね」
「ですね」
 僕は広間に置いてある自分の机に防風眼鏡と手袋を置いた。
「エニモル君さぁ、ここに来てから何年だっけ?」
 ヴェンディは完全に書斎に引きこもったようだった。声だけが聞こえてくる。
「……五年ですね」
「何歳?」
「二十三です」
 言いながらもうそんなに経つのかと思った。
「老けたね……。僕もきみも」
「そうですね」
 五年。ライゼになってそれだけ経った。なのに、テレフォーンは現れなかった。
「あぁ、マック、探してたよ。きみのこと。『二人で行動するのが常だ!』って」
「あー……」
 僕は無意識に頭を掻いた。
「いつでも女の子の尻に敷かれてるね」
 というヴェンディの声が聞こえたが無視した。
「居たッ!」
 声を聞いて僕はやっぱ帰ってこなけりゃよかったと思った。
「何でそうやっていつも一人で行動したがるんですかァ?」
 銀色の髪を揺らしながら現れたマックは早くもけんか腰だ。
「何かあったら面倒でしょー?」
「何かってなに?」
「さらわれるとか?」
「きみが? だったら尚更置いていこう」
「君たち仲がいいねぇ」
 ヴェンディの声が聞こえた。今頃したり顔でコーヒーを飲んでいるに違いない。
「よく見えますか? これが」
「みえるみえる」
 書斎から出てきたヴェンディはやはりコーヒーを片手に現れた。
「メーレンさんは戻ってきてないんですか? 早く情報の交換がしたいのに」
「きみと違って馬車だから。遅くなると思うよ」
 僕は祖父がアートムングに渡したというエレクトールで動く乗り物を使っていた。僕がライゼになったときに手渡された代物だった。
「メーレンさんにはついていかなかったの?」
「あの人は強いから大丈夫なんです」
 そう言われてあることに気がついた。
「……もしかして、ただリーフェルングに乗りたいだけ?」
 リーフェルングとはエレクトールで動く乗り物の名前である。名付け親はメーレンだった。
「……」
 マックは顔を逸らした。図星だ。
「心配なら迎えに行けば?」
 ヴェンディがコーヒーを傾けながら言った。
「いや、あの人なら大丈夫だと思います」
「だよね」
 メーレンが負けることは無いというのは僕らの共通した見解だった。少なくとも、そこいら辺の山賊相手に負けることはないだろう。
「じゃあ、私はニニーの所に行こうかな」
 マックはちらちらこっちの方を見ている。
「なに?」
「ニニーの家遠いんだよねぇ」
「だから?」
「判れよ」
「いやだよ」
「やっぱきみたち仲良いよね」
 ヴェンディが言った。
「僕は、アートムングさんの所に行こうかな」
「きみも、好きだね」
 アートムングは最近ライゼを引退してしまった。
「祖父の話を聞きたいので」
 ヴェンディは口元に手をあてて考えるそぶりを見せた。
「エニモル君」
「はい?」
「送ってあげなさい」
 上司命令だから。と、ヴェンディは付け加えた。

■レッツシーイフザッツトゥルーオアノット 第二章・2




「なんで僕がきみを送らないといけないんだ」
 ライゼエスィヒの前で頭を抱えながら僕はぼやいた。
「いいじゃん」
 早くもリーフェルングに跨っているマックが言った。
「よくないよ……。ヴェンディさんも、何考えてるんだか」
「ねぇ、早く行こうよ」
「そういえば、ニニーさんて、だれ?」
「友達の女の子。何か、意味のわかんないもの売ってる」
「……へぇ」
 僕はリーフェルングに跨っているマックに予備の手袋を渡した。
「寒いから。この時期」
 僕はマックの前に座ると、リーフェルングの電源を入れた。リーフェルングは低く唸って息を吐き出した。そして、ゆっくり走り出した。
 リーフェルングはすぐに馬よりも早くなり、会話も出来ないほど風を感じることが出来た。マックは僕の脇腹を左右につついて指示を出した。右脇腹をつつけば僕は右折し、左の脇腹をつつけば僕は左折する。
 案内されてからしばらくして、大通りから少し離れた所に、小さな家を改造した店を見つけた。そこが、マックの行きたいニニーという少女の住む家なのだろう。
 僕はリーフェルングをその店の前に止めた。
「じゃあ、僕はアートムングさんの家に――」
「あぁ、ニニーもエニモルに会ってみたいって言ってたから、ちょっと話し相手になってやって」
「僕が? どうして」
「あんたは、巷ではちょっと有名なの。自覚ある?」
「ないよ、そんなの」
「私達の中で、旅好きなのはあんただけなの。ほら、ニニーに話をしてあげて」
 無理矢理店の中に入れられながら、なんだよ、それ。と言おうとしてどういう理由か判った。
「あ、いらっしゃい」
 小さな店内で店番をしている少女が微笑んだ。彼女がニニーなのだろう。寒がりなのか頭から足の先まで防寒具を身につけているが、一番目を引くのは木製の車いすだった。彼女は、足が悪いのだ。それで、外に出たことがあまり無い。マックが色んな話をしてやれと言ったのもそう言う理由だろう。
「ニニー、念願のエニモルを連れてきたよ」
「……彼が……?」
 彼女の不審そうな顔を見て、僕は慌てて防風眼鏡と帽子を取った。
「初めまして。エニモル=ティアです」
 彼女の白い顔が微笑んだ。その瞬間はらりと、一房だけ髪の毛が毛糸の帽子からこぼれた。その髪の毛の色は、黒かった。
 テレフォーンだけの色のはずだ。
 声には出なかったが、口がぱくぱく動くのが判った。
「エニモル、どうしたの?」
 マックに言われて、僕は平静を装ったが分かり易かったのか、すぐにばれた。
「この髪の色でしょう? 珍しい色だと良く言われます。この国の人は皆、銀か金か赤かの美しい色をしていますから」
 ニニーは一房出た黒髪をなおしながら寂しげに言った。
「え、いや、そういう意味じゃないんだ。えっと」
「テレフォーンさんも、黒い髪だったよね」
 僕が口ごもっているとマックが言った。助け船を出してくれているのだろうか
「テレフォーン?」
「そう。エニモルの幼馴染みだよね。っていうか、恋人?」
「違う違う」
 僕は慌てて否定した。
「僕は黒い髪の人を今まで一人しか見てなかったから、驚いたというか、何というか」
「私も初めて見たときは驚いたよ」
「そうだったんですか」
 彼女は微笑んでいる。どうやら、怒ったりはしていないようで僕は正直安心した。外見的なことで差別するのはタブーなのだ。
「わたしは、ニニー=サリヴァンといいます。初めまして」
 僕はお辞儀をした。
「じゃあ、早速、色んな話してよ。エニモル」
 マックが言うと、ニニーは期待の目をこちらに向けながらも言った。
「そんな、お仕事中でしょう? 邪魔しちゃだめよ」
「いや、それが行き詰まってるんだな」
「最近出回ってる反政府組織の話? だったら、尚更――」
「いや、このエニモルも出かけようとしてたみたいだから、トンチョクまで行かれないうちに、会って貰おうと思って」
 マックがそう言うと、ニニーはくすりと笑った。どうやら、僕が仕事をさぼってリーフェルングに乗って東の端。このヴェステンと逆方向にある最果ての領地、トンチョクまで行った話は結構有名らしかった。マックの言っていたことはこういう事か。
「今日は引退した先輩に会いに行こうと思ってただけだよ」
「ニニー、エニモルがメーレンさんに跳び膝蹴りをくらって気絶する前にいった言い訳。なんだと思う?」
 僕が反論するとマックはもう思い出したくない話を引きずり出してきた。
「なに? なんて言ったの?」
 ニニーも遠慮なしだ。
「『そこにトンチョクがあったから』」
 口調や声色まで真似てマックは言った。ニニーは文字通り腹を抱えて笑っている。そこまで面白い話だろうか。
 僕はただうつむくだけだった。
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■レッツシーイフザッツトゥルーオアノット第二章・3




 トンチョクに行った旅の話をあらかた話し終えた頃には、もう日は完全に暮れていた。
「……」
「もうこんな時間だね」
 マックは悪気など微塵もなさそうに言う。もう慣れてしまったので怒ることも出来ない。ライゼになって初めて驚いた事は、試験中のマックと、普段の彼女の性格はひとつも一致しないという事だったのを思い出す
「すみません。沢山話していただいて……この足ですから、外に出る機会もなくって……」
「買いものとか、私が手伝ってるんだよ」
「……歩けないんですか?」
「まったく、というわけでは」
 マックを無視したが、会話は長く続かなかった。
 暖炉の中で火がはぜる音がした。
 最近は配給される穀物が少なくなってきていやが上にも働かざるを得ない環境になってきているが、この店は改築されたようだから物を売りたくてしているのだろう。
「この店も、友人から譲り受けたもので……。たたんでしまおうかと思ったんですが、出来なくって」
 僕は一人頷きながら展示されている骨董品のような品々を見た。ここに来てからすぐ旅の話をさせられたのでまじまじと見たことはなかった。
「商品も、友人から譲っていただいたものです」
 シューターやエレクトールの使えなさそうなものが沢山置いてある。
「へぇ……。これ、メーレンさん喜ぶんじゃないかな」
 と言ってシューターを指差した。
「そうなの?」
 僕の隣でマックが言った。
「え? あの人、色んなシューター集めてるだろ? 知らないのか?」
「しらないよ。あの人にそんな趣味あったの?」
「うん。この間ちらっと見かけたら鼻歌交じりに手入れしてたよ」
「あんまり聞きたくなかった」
「差し上げましょうか?」
 僕らがそんな話をしていると、ニニーが言った。
「いや、悪いよ」
 僕が断ると、マックは意地の悪い笑みを浮かべて言った。
「メーレンさんのご機嫌取れば、今度の休暇でアウフに行けるかもよ」
 この間、五年ぶりに故郷に帰ろうという話をヴェンディにすると、「メーレンからの許可がおりれば行って良い」ということになり、メーレンにその話をすると、しこたま罵声を浴びせられたうえに日に日に威力の上がるシューターで撃たれそうになったのだ。マックは時折、どこから仕入れたのか判らないその話を、僕を茶化す事に使った。
 僕は展示されているシューターの値段と数分にらめっこし、故郷である首都に一度帰りたいという気持ちの勝った僕は、それを買うことにした。
「割引しましょうか?」
「いや、必要ないよ。ね、エニモル」
 ニニーの差し出した救いの手をマックが意地の悪い笑みを浮かべながらうち払ったせいで、僕の財布はすっからかんになった。
「ちくしょう……」
 僕は店の外でぼやいた。買った物はポケットの中だ。ご丁寧に箱までつけてくれた。
「……」
 マックが何か思案するような顔で黙ってこっちを見ているので、僕は不安になった。こいつにそんな真剣な顔が出来るなんて。
「なんだよ」
 心配になってきた僕は言った。
「いえ……。ヴェンディさんやメーレンさんと話すときが私と話すときと随分しゃべり方が違うように思うんだけど」
 そんなことだったのか。僕は心配した自分が馬鹿らしく思えた。
「それは、きみが年下だから。乗って」
「……え?」
 聞き返すなんてマックらしくないな、と思った。
「ほら、帰りも僕に乗せてもらう気満々なんだろ? ったく、きみのせいでアートムングさんの所に行き損ねた」
 僕は手袋をしながら言った。
「今から行く? それくらい付き合うけど」
「メーレンさんにどやされるからやめておく」
 そう言って帽子を被ってから防風眼鏡をつけ、リーフェルングを発進させた。風のせいで聞こえなかったが、マックのいたずらっぽい笑い声が聞こえた気がした。
 ライゼエスィヒの広間には、ヴェンディとメーレンが居た。二人は暖炉の前で暖を取っていた。
「今戻りました」
「おぅ、おかえり。どうだった? ニニーの所は」
 暖炉の前でコーヒーを飲むヴェンディが言った。
「知ってたんですか?」
 僕はヴェンディの言葉に驚いた。僕も暖炉の前にたつ。
「あのね、ぼくは元々経済学の教授だったんだ。この地域の店は全部把握してるよ。面白いシューター、いっぱいあったろ?」
 ヴェンディのその言葉に、メーレンが目を輝かせたのが判った。
「あぁ、そうだ。メーレンさんにおみやげが」
 と言って僕はさりげなく賄賂的なおみやげをポケットから取り出した。
「私に?」
 流石にメーレンも面食らったようだった。手渡した箱を開けると、メーレンの顔はぱぁっと輝いた。
「……グスターヴホルスト・マーズ ザ ブリンガー オブ ウォー モデル……!」
「メーレン、そんなにシューター詳しかったっけ?」
 ヴェンディが言って、我に返ったらしいメーレンは僕のみぞおちを殴ると、襟首を掴んで耳元で囁いた。
「何で知ってるんだよ」
「いえ、この間、暖炉の前で鼻歌交じりに手入れしているのを見て……」
 目をそらしていても見えるメーレンの殺気しかない紅い瞳を必死に視界から外す。脂汗がこれでもかと言うほど頬をつたうのが判った。
「こんな大勢居るところでしゃべってんじゃねぇよ」
「……」
 冷や汗をだらだらかきながら僕はどうすれば生き残れるかを考えていた。
「メーレン」
 ヴェンディが言った。
「早く、情報をまとめよう。最近よく出没する反政府組織、アウフエアシューティングについて」
「わかったよ」
 メーレンは僕から離れた。殺されなくて良かったと僕は安堵した。
「北部での目撃証言があったところをさらってみたが、人が居た痕跡はあった。だが、どの場所にも誰も居ない。全六ヶ所。その全てが廃墟だった」
 メーレンは淡々と報告する。マックはそれを手帳に書いているようだった。
「エニモル」
 ヴェンディが言った。僕は一歩前に出て報告する。
「こちらも同様でした。人が居たという痕跡は残っていましたが、誰も居ませんでした。全五カ所。全てが廃墟です」
「……わかった」
 ヴェンディは腕を組んで何かを思案しながら言った。そして一言
「泥沼だな」
 と呟いた。
「今日は解散しよう」
 手をパン、とならしてからヴェンディは言った。解散と言っても、全員がこの巨大なライゼエスィヒに住んでいるのだから、解散も何もないが、それぞれの部屋へ散らばっていった。
 僕も自分の部屋に戻ろうと思ったとき、呼び止められた。メーレンの声だ。
「なんでしょうか」
 殺されると思って身を強張らせながらも僕は答えた。
「お前、アウフに行きたいって言ってたな?」
 メーレンはマックのまとめた書類を読み直しながら言った。
「は、はい」
「いってこい。この件も泥沼だしな。一回気分転換してこい」
 メーレンとは思えない様な優しい言葉だった。
「あ、ありがとうございます」
 僕はお辞儀をすると部屋に駆け足で戻った。
 五年ぶりの、故郷だ。そう思いながら僕は眠った。

■レッツ シー イフ ザッツ トゥルー オア ノット第二章・4





 僕は朝、目覚めると着替えるための服を持って外に出た。井戸の水を桶に汲んで制服を脱ぎ、下着だけになると桶の水を頭から被った。寒さで手足が震えるなか、持ってきた服に着替えた。久しぶりの私服だ。
 帽子以外の制服を部屋に持っていったあと手袋とマフラー、防風眼鏡を身につけ、 帽子を被った。
 リーフェルングに跨って発進させようとしたとき、声がかかった。
「本当に行くんだ」
 マックだった。僕は防風眼鏡を上にずらした。
「ついてきたいなんて言うんじゃないだろうな」
「いわないよ。ニニーの世話もあるし」
「じゃあ、僕はもう行くぞ」
 僕は防風眼鏡をつけた。
「頑張ってね」
 僕は何も言わず、リーフェルングは発進した。
 途中で馬車を追い越したりしながら、昼前にアウフに到着した。
 僕は真っ先に祖父の家。ライゼになるまで住んでいた家に向かった。殆どの荷物はベイビーにヴェステンのライゼエスィヒへ送ってもらったが、あの家には祖父との思い出が詰まっているからだ。
 祖父の家に行くと、当たり前だが何もなかった。ただ一つ、ベッドが僕の帰りを迎えてくれた。そのベッドに横たわり、目を瞑ってからあることに気がついた。
 埃が無い。五年も放置していたのだから、たつはずの埃が一つも立たないし、そんな臭いもしない。
 おかしいな。僕は呟いて体を起こした。テレフォーンだろうか。しかし、彼女ならとっくの昔に僕の居るヴェステンまで来るはずだ。それをしないと言うことは、何か理由があるのだろうか。どちらにしろ、夜まで待とう。そう思ってまたまた身体をベッドに寝かせた。
 見知らぬ人の骨のようなベッドでいつの間にか眠ってしまった僕は外を確認し、夜になったと確信した。
 そして外に出て行き慣れたあの道を辿り、見慣れた木製のドアを開けた。バックシートドッグの、扉だった。
「……」
 あの暖かな人たちを捜す。けど、見慣れた酒場の中、見慣れた人間は誰も居なかった。
「……」
 いつもみんなで座っていた円卓を一人で囲む。円卓の上に頬杖をついていると、僕はだんだんうとうとしてきた。
 暖かな時間があった。暖かな人々が居た。今では、もう居ないのか。僕は色んなものを失ってしまったのか。視界が薄く滲むなか、誰かが僕に声をかけた。
「エニモル?」
 入り口に立つ男。長身の男が居た。細身だがしなやかな筋肉を持っているそれは、ベイビーだった。甘さを捨てきったような精悍な顔立ちの青年、ベイビーがそこにいた。
「……ベイビー?」
「やっぱり、やっぱりエニモルか! はは。身長のびたな。お前」
 開口一番がそれとは、ベイビーらしいと思った。
 ベイビーは僕のとなりに座った。
「ライゼはどうだ? 休暇でも取ったのか?」
「うん。そんな感じ。みんなは? やっぱり、もう集まり悪いの?」
 待ち合わせても待ち合わせなくても集まっていたあのころのことを思い出す。ベイビーは哀しそうな顔を隠すように微笑した。それが答えだった。
「全然会えないわけじゃないんだけど、……もう一年は全員集まってないな。みんな仕事してるし、忙しいんだろうな」
「そっか……。ベイビーは? 何してるの?」
「ん? 実家の手伝い。これが結構肉体労働多くってさ……。もう、全然酒がのめねえ。お陰ですっかり呑まなくなった」
 ベイビーはいつもの、冗談でもかますような調子で言った。
「他のみんなは?」
「ん。エスタは養子案内所の役員。ヘルセイは、国立図書館の司書って言ってたかな。他は、よくわからん。そうだ。やっぱ、大変か? ライゼって」
 僕が答えようとすると、いきなり叫び声が聞こえた。
「あーっ!」
 僕は肩をすくめてしまった。その間に懐かしい影が二つ僕らの座る円卓に近寄ってきた。
「エニモル君?」
「ほんとだ。エニモルとベイビーが何も呑まずに居る。珍しい」
 エスタとヘルセイだった。学生時代親友同士だった二人は、今でも親友らしい。二人とも随分と大人びたが雰囲気は変わっていない。
「ベイビー、お酒やめたんだって」
「それ、本当に?」
 エスタの言葉を聞いてヘルセイが目を丸くする。
「まあ、座れ、二人とも」
 ベイビーが二人を椅子に座らせた。
「何呑む?」
 エスタが聞いた。これも懐かしい。彼女はよくこうやって全員の注文を聞いて店の従業員に伝えていた。
「リンゴ酒」
 ヘルセイが言った。
「黒ビール」
 ベイビーが言ってすかさずヘルセイが聞く。
「辞めたんじゃないの?」
「一杯くらい大丈夫だよ」
「エニモルは?」
 エスタが言った。
「じゃあ、僕はキュラソー」
「好きだなぁ」
「エニモルは割とそう言うの好きだったよね」
 ヘルセイとベイビーがもう酔ってるかのように絡む。これも懐かしかった。
「すいません、リンゴ酒と黒ビール、キュラソーを二つお願いします」
 エスタが店員に向かって叫んだ。
「エスタは、いっつもエニモルと同じもの頼むよねぇ」
 円卓に置かれたそれぞれの酒杯を全員が一口呑んでから、ヘルセイが言った。
「へ、ヘルセイ!」
 もう酔いが回ったのかエスタの顔は真っ赤になっていた。
「そうだったっけ?」
 僕がエスタに聞くと、エスタは顔を逸らしてから、
「ぐうぜんだよ」
 と言った。
「偶然ねぇ」
 久々のお酒を嗜んでいるらしいベイビーが言った。ベイビーはお酒をあまり呑むことが出来なくなったせいか、量を呑むタイプから味を楽しむタイプになったようだった。五年前のベイビーが見れば間違いなく「じれったい」という飲み方を今の彼はしている。
「偶然かぁ……」
 ヘルセイもベイビーににやにやしながら同調した。彼女は元々味や香りを楽しむ飲み方をする人で、お酒の減りは遅い。
「え? 違うの?」
 そんな二人と同じような飲み方を僕もしてみる。いつかヘルセイが話していた、香りを楽しみ、味を楽しみ、喉越しを楽しむとか何とか。
「……違うよ! 偶然だよ。偶然!」
 エスタは円卓をばしばし叩いた。
「それより、どう? ライゼの仕事は」
 エスタが言った。
「『どう?』って聞かれてもなぁ。でも、楽しい所ではあるよ」
 僕は一口酒を呑んだ。
「どんな人が居るの?」
「最近引退しちゃったんだけど、アートムングさんって言うお爺ちゃんや、色々指示を出すヴェンディさん。けんかっ早いメーレンさんに、色々雑用をしてるマック」
「それだけ? ヴェステンのライゼエスィヒはだだっ広いってきいたけど」
 それを聞いて僕の顔が苦笑するのが判った。
「うん。広すぎて、使ってないところがあるくらいだよ」
 事実二、三階あるうちの三階は殆ど使っていない上に二階はただの居住スペースである。あの人数であの広さはただの無駄だ。
「今度、いってみようかな……」
 エスタが呟いた。
「おぉ、名案じゃねえ? 今度行こうぜ。案内してくれよ」
「いいですね。みんなで行きましょう」
「いいけど、本当になにもないよ」
 そこには、人数は揃っていなくても暖かいあのころの空間があった。
「エニモルは、どこかに泊まるの?」
 もうすぐお開きになるとき、エスタが僕に聞いた。残りの二人はもう夢の中だ。僕らは途中から酒を呑まなかったので酔いつぶれることはなかった。
「昔の家に泊まるよ。あ……、もしかして、テレフォーン帰ってきてる?」
 エスタの柔和な微笑が凍り付くのが判った。
「どうしたの?」
「い、いや。何でもない。……どうしてそう思ったの?」
「家がやけに綺麗だったから、帰ってきてるのかな、って」
「ごめんなさい、それ、わたしなの」
 エスタは申し訳なさそうに言った。
 僕は聞き返した。
「きみ? きみだったの? でもどうして?」
「えっと、エニモルがいつ帰ってきてもいいように綺麗にしておこうかなって」
 僕は納得して一、二回頷いた。
「ありがとう、エスタ」
 酒で赤いエスタの頬がさらに紅潮した気がした。
「じゃあ、みんな明日も仕事があるんだろ? そろそろ二人とも起こそう」
 エスタも頷いた。僕はベイビーを、エスタはヘルセイを起こした。
 ベイビーは二、三度身体を揺さぶられて目を覚ました。
「エニモル? どうした?」
 ベイビーはかなり寝ぼけているようだった
「起きないと。明日も仕事あるだろ?」
 僕がそう言うと、ベイビーはすっくと立ち上がった。
「そ、そうだった。じゃあ、俺、帰るわ」
 ベイビーは酔っていておぼつかない足取りで酒場の扉を開けて出ていった。
「じゃあ、私も。あしたは蔵書点検なの。じゃあね」
 ヘルセイは平静を装いたかったようだが、やはりふらふらしながら壁にぶつかり、早足で酒場から出ていった。
「僕が払うから、エスタももう帰ったら?」
「え、あ、えぇと」
 エスタは迷ったようだったが、酒場の機械時計を確認して時間が相当遅いことを確認すると、頷いた。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
 エスタを見送ってから机の上に残った紅茶を飲み干して、僕は席を立った。
 外は想像以上に寒く、僕は身震いしながら家に帰った。祖父と僕。僕とテレフォーンのいた家へ。
 今、彼女はどこにいるのだろうか。
 寒空へ、白い息と共に呟きを送った。

■レッツ シー イフ ザッツ トゥルー オア ノット 第二章・5





 祖父の家で目を覚まして、身体を持ち上げた。身体を囓るように空気が冷たくて寒かった。身震いをした僕は首にマフラーを巻いて、頭に帽子を被って薄い牛皮で出来た手袋をした。昨日は持ち歩かなかった祖父の形見である剣も腰につけた。
 外に出てリーフェルングに跨ったとき、何かのはじける音が上空でした。空を見上げると朝から花火が高々と何個も打ち上げられている。そして、吹奏楽器の堂々とした演奏も聞こえてきた。国立の吹奏楽隊だろうと思った。
「何かのパレードかな?」
 僕はリーフェルングを走らせ、音の聞こえる方へ走った。
 王城に続くメインストリートの両脇に人がごった返している。僕はリーフェルングを置いて人混みをかき分けた。
 本当にパレードだった。
 街道の石畳の上には真っ赤な絨毯が敷かれ、少し遠いところに楽隊と紙吹雪を散らす子供達が居た。その少し後ろ。少し物騒な銃剣を掲げた部隊と、旗を持った人たちがいた。その旗はアウフの旗。金色の蛸とそれを統治する、剣をくちばしに銜えた鷹のアウフを意味する旗だった。
 国王の結婚式だ。
 国情に疎かった僕は、ワン=ケーニヒの息子が結婚したのかと思ったが、違った。銃剣や旗を持った人々を両脇に抱え、ゆっくりと歩くのは立派な馬車だった。その中に、一人の老人と、若そうに見える女性が居た。
 ワン=ケーニヒの結婚式なのだ。あの老人、また結婚したのかと呆れた風に思いながら、僕の目は釘付けになった。ワン=ケーニヒのとなり、新婦は、見たことのある気がする女性だった。
 ――黒く艶のある褐色の膚――。
 ――烏羽色の長い美しい髪――。
 ――黒真珠のような、黒い瞳――。
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「テレフォーンッ!」
 気がつくとその馬車の前に僕は立ちはだかっていた。
「テレフォーン!」
 白いドレスを着たテレフォーンの目が動揺したように見えた。ワン=ケーニヒも驚いたような顔をしている。
 僕の両脇を素早く兵士が取り囲み、ずるずると引きずって人混みの中に戻そうとする。僕はそれでもテレフォーンに近寄ろうとする。
「あなたは誰ですか? 薄汚い格好。早くどこかへいきなさい」
 テレフォーンが僕を冷たい目で見下ろしながら言った。
 数人がかりで僕は引きずり出され、人混みに投げられた。
 気がつくと、口からは悲鳴のような叫びが奔っていた。

■レッツ シー イフ ザッツ トゥルー オア ノット第二章・6



       6


 僕は力の入らない身体をゆっくり立ち上がらせようとして、こけた。
「つ……」
 まだパレードは続いているらしく、人混みは遠くの方に移動していた。
「……テレフォーン……」
 僕は呟いた。
「エニモル?」
 サイモンだった。作業着を着た細っこい体つきはそのままで優しく微笑んでいる。僕は差し出された彼の右手を掴むと、ぐいっと引っ張られ、立ち上がった。
「どうしたんだ? エニモル。こんな所で会うなんて。ヴェステン領に居たはずだろ?」
「ちょっと、出かけただけさ。サイモンは、今何をしてるの? 仕事は」
「王城でさ、まあ、いろいろやってるよ」
「王城?」
 力の入らなかった僕の身体に感覚が戻ってきた。
「あのパレード、かなり豪華だったね」
 僕がそう言うと、サイモンの顔は濁った。
「そ、そうだな」
「王城で働いてるって言ったよね」
「……あ、あぁ」
 僕の腕は信じられないほど速く動き、サイモンの胸ぐらを掴んで押しやると、彼の身体は勢いよく道路の向こう側にある建物の壁にぶつかった。
「ぐぁッ」
「知ってたんだな? サイモン!」
 胸ぐらを強く掴んだまま僕は言った。
「う、ぐく……」
 首を圧迫されたサイモンが唸った。
「知ってたんだろう? 何とか言えよ。知ってたんだろ? 彼女が! テレフォーンがあいつと結婚するって! 知っていて僕に知らせなかった。違うか? サイモン!」
「……ぅ、く、あぁ、し、知ってたさ。知って、いたよ。知って、て、お前には伝えなかった」
「どうしてだ? なぜ知らせなかった?」
「……テレフォーンが、言ったのさ。『エニモルに、このことは知らせないでくれ』。ってな。はは、ぐ、う、エニモル、てめぇな、テレフォーン、から、見限られたんだよ!」
 僕の手は、サイモンを離した。僕は両腕の拳を握りしめた。そしてリーフェルングの方へ歩こうとし、一端立ち止まって振り向きざまに何かを殴った。僕を殴ろうとするサイモンだった。サイモンは鼻血を吹きながら地面に倒れた。
 僕はリーフェルングに跨り、ポケットに入っていた防風眼鏡をつけると、リーフェルングを発進させた。もう、居たくない。ここには。
「……どうしてなんだ」
 走りながら、僕は呟いた。
 目の前には、乾いた荒野があった。

■レッツ シー イフ ザッツ トゥルー オア ノット第三章・1


第三章

「どうだったの? 故郷は」
 マックが何となく、実験的に作ったべっこう飴をあまりの不味さにかみ砕きながら書類を片づける僕に、意見を求めるべく隣でたっていたマックが聞いた。数日で帰ってきてしまったため、早すぎるとかなり驚かれたらしかった。
「……べつに」
 顔に思ったことが出たのか、マックはそれ以上何も聞かなかった。
「で!」
 叩くように僕の右肩に片方の手を乗せたマックが言った。
「どうよ? 私の飴は」
 僕は顔を逸らした。
「……」
 それで全てを悟った彼女は、しょぼしょぼと台所に向かっていった。
「もー、何がおかしいの? 意味わからん!」
「……なんで、急にどうしたの? 料理なんて」
 彼女は腕を組んで何かを思案するような顔をしながら僕を見た。
「女の子は、料理くらい出来ないと、ダメだって気がついた!」
 今さらか。と言うかもう手遅れなきがすると僕は内心思いながら立ち上がった。
「かなり焦げてたから、火が強いんじゃないの?」
 僕も台所に立った。
「エニモルって、料理できるんだっけ?」
「最近は作ってないけど、学生の頃はよく作ってたよ」
「……なんか、エニモルに負けるって屈辱」
 マックは呟いた。
「それ、どういう意味?」
 知らんぷりを突き通すマックを見て、呆れた僕は正面を向いた。台所の窓に、あるものが見えた。
「マック」
「なに?」
「あれって、もう誰も使ってないの?」
 僕は窓から見える廃墟を指差した。
「あー、うん」
「そっか」
 怪しい人物が良く出入りするという建物はいつも、何かしらの廃墟だった。
 僕は壁にかけてあるマフラーと手袋、防風眼鏡と帽子を取ると、身につけた。
「なになに? どこ行くの?」
「ちょっと、出かけてくる。料理頑張って」
 僕は駆け足で外に出るとリーフェルングに跨り、さっき見つけた廃墟へ走らせた。
 見た目新しい廃墟だった。三角屋根の上には十字架の乗ったもので、珍しいなと思いながら腰の剣を気にしながら中に入った。
 中は埃くさく、この間回った廃墟と変わらないように思えた。だが、ここは調べたことのない場所だ。何かあるのかも知れない。そう思って剣を構えながら周りを見渡した。
「やっぱり、来たな」
 満足げな声。だが聞いたことのある声だった。
「……」
 暗くてよく見えないが、正面の壇上にいる小柄な人物がいる。女性のようだが、それにしてもかなり小柄に見えた。
「……おまえは、だれだ?」
「会ったこと、あるだろう? 忘れたのか? 薄情者だな」
 嘲笑するように影は言った。
 とん、と影は壇上から降りて素早く僕の目の前に立った。なぜか剣を振るうことが出来なかった。
「ここまで近づけば、頭の弱いきみでもわかるだろう?」
 鼻先に顔を近づけた影。白い肌に漆黒の髪。大きな瞳にくっきりとした眉。長いまつげ。いたずらっ子のような顔で微笑む小柄な少女は、いつかの歩けないニニー=サリヴァンだった。
「……ニニー、か? 歩けないはずじゃ……」
「信じてたのかい? 純粋なんだね。ありがとう。信じてくれて」
「……」
「そんなんだから、好きだった女の子から忘れられるんだよ。きみは」
 僕は無意識のうちに構えていた剣を振るった。だがそれはひょいと避けられてしまった。
「おこるなよ」
 ニニーはにやにやしながら言った。
「お前は何なんだ?」
「知りたいかい?」
 ぐいっと人をくうような笑みを浮かべたまま顔を近づけるニニー。僕の顔に彼女の呼気がかかった。狂気的な雰囲気。何をし出すか判らない。そんな感じだった。
「反政府組織、アウフ・エア・シューティング、リーダーのニニー=サリヴァン」
「きみが?」
 言ったものの、その猟奇的な空気を身に纏う今の彼女にその称号は相応しいものだった。
「そう。なかなか似合ってるだろう?」
 彼女はひょいっと僕から二、三歩離れ身につけているスカートの裾を自慢するようにひらひらさせた。服装も最初であったあの寒そうな服とは違い、寒いのに髪の毛と膚を露出させるような服を着ている。
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「どっちが、本当のきみか、教えてくれないか」
 僕は剣をニニーに向けていった。
「それは、言わないといけないことかい?」
 僕が目を瞑って剣をおろすと、彼女は「フフ」。と笑った。
「おろしたね? きみは治安を維持するライゼだというのに」
「ただの女の子を斬れないね」
 次の瞬間、痺れと衝撃が同時に来た。廃墟の床に叩きつけられた僕は咄嗟に立ち上がって体勢を立て直そうとするが、立ち上がるために立てた右腕を誰かが払い、足で押さえつけた。
「なんだって? もう一度言ってみたらどうだい」
 右腕が軋む。
「う、ぐ、た、だの女の子って、言わ、れるの、が、嫌なのか?」
 言いながら痛みで声が勝手に漏れた。右腕を踏む力が強くなる
「……」
 ぐっと右腕に力が入ったとき、僕は左腕で彼女の細い身体を殴った。
 彼女はごろごろと吹き飛ばされるのをみて僕は右腕を押さえながら立ち上がった。
「……」
 ニニーはゆっくりと立ち上がると、ふらふらこっちに寄ると僕の目の前で座った。何がしたいのか判らなかった。
 彼女は膝を抱えて、その膝に頭をうずめている。
「ニニー?」
 急に女の子らしくなったニニーの名前を呼んでみた。
 彼女は顔を上げてにやりと笑い、立ち上がって僕の顔を正面から殴った。まともに避けられずに喰らった僕の目の前は真っ暗になった。
 目を開けてから、周りが廃墟なのを確認した。どれだけここで気絶していたんだろうか。殴られた顔面を右手でさすって、右腕にまかれたものと、包帯の隙間にはさんであるものに気がついた。
 包帯はニニーが巻いてくれたのだろう。いまいち理解のしがたい奴だと思った。包帯の隙間にはさんであった紙には、「アシタ ヨル ココ」と書いてあった。僕はそれをポケットにしまい、立ち上がってライゼエスィヒに戻った。どう言い訳をしようか。ニニーがまともじゃないこと知れば、マックは傷つくはずだ。
 僕がライゼエスィヒに戻ると、暖炉前のソファにはメーレンが仰向けで寝転がりながら本を読んでいた。この人も本を読むのかと言う雑念を押しやりながら僕は声をかけた。
「今戻りました。何の本です?」
「レッド=ニコルソンの『シューター解体読本』」
 メーレンはこちらを見ずに言った。この人は開き直ることにしたのか。さらに驚いたのは、よく見ると彼女は眼鏡をしている。
「眼、悪いんですか?」
「まあね。近くのものが見えづらい。戦闘に支障はないし、無くたって良いんだけど」
 メーレンは倦怠感丸出しに言った。仕事が少なくなって暇で暇でしょうがないのだろう。
 そんな話をしていると、台所がやけにうるさい。
 僕が台所を気にしていると、そのままの姿勢でメーレンが言った。
「ニニーとか言う女の子が来てるよ」
 僕はそれを聞くと急いで台所に入った。中では、マックと車いすに座り雪だるまのように防寒着を着込んでいるニニーが居た。
「あ、また旅に出たのかと思った」
 マックがにやにやしながら言う。
「何やってるんだ?」
「マックに料理を教えてるんです」
 ニニーが、微笑みながら言った。先ほどとは別人としか思えないが、今は隠していない黒髪はニニーのものだった。
「……時間の無駄じゃない?」
 僕は今日食べさせられた飴のことを思い出す。あれは本当に食べ物だったのだろうか。
 ニニーは苦笑して取り繕った。
「けど、上手になりましたよ。食べてみます?」
 有無を言わさずニニーは注がれたふつふつとした黒い液体を僕に押しつけた。自分が食べさせられる予定だったらしい。
 僕は受け取ったものの、それをもう一度見た。黒く、どろどろした液体の中には、意味のわからないものがぷかぷかと浮いている。狂ってる。
 ニニーやマックの期待するような視線に耐えられず、僕はソレを一気に飲み干した。
 どろりどろりと舌の上で混ざり合う味の奔流。泥を噛むような感覚。喉の中でうねる生き物のようなそれ。
 卒倒しかけた。
 僕は棍棒で殴られたように朦朧とした意識の中、そのスープの入った鍋を持つと流し台に流した。隣でマックの絶叫が聞こえる。
「私の芸術が!」
 何が芸術だ。
 鍋を桶に入った水で洗ってから適当に置いた。ニニーは未だに苦笑している。このやろう。
「エニモル! 責任とってあんたが料理作ってよ」
 マックの糾弾。
「……いいけど、きみは、僕が料理作ってたって事忘れてないか?」
 マックの顔がぎくりと硬直した。だが、意地を通したいのだろう。
「じゃあ、そのお手並み拝見って事で」
 僕は頭を掻いてさっき洗った鍋を持ち上げると、まだ沢山余っている水と、市場で買ってきたのであろう食材を見渡した。



■レッツ シー イフ ザッツ トゥルー オア ノット第三章・2


       2


 少しして、僕は料理を完成させた。
「お手並み拝見、と」
 マックが小皿に少し注いでそれを舐めるようにして味を確認した。彼女は眼を大きく見開くと、脱力したかのように床にへたり込んだ。
「どうかした?」
「はったりかと思ったのに」
 マックが呟いた。どうやら上手に出来ていたらしい。
「ん、マックのよりも美味しいね」
 ニニーもひょいと口に入れ、呟いた。
「……エニモルに負けた……」
「私が教えるから元気だしなよ」
 ニニーはマックを慰めながら言った。
「もう、こんな時間か」
 ニニーは外の景色を見ながら言った。確かになかなかの暗さだった。
「じゃあ、私はもう帰ります」
 マックは相当落ち込んでいるのか生返事をしている。
「……ニニー=サリヴァン」
 もうライゼエスィヒを出ようとするニニーに声をかけた。
「何です?」
 車いすの少女はふり返った。本当に同一人物とはおもえない可憐な微笑みで。
「もう遅いから、リーフェルングでおくるよ」
 リーフェルングに車いすを括りつけるまでのあいだ、ニニーはライゼエスィヒの階段に腰掛けていた。
「よし」
 車いすを固定し終わった僕はニニーに近づいた。
「エニモル、向こうむいて、しゃがんで」
 僕は言われたとおりにした。背中に何かがぶら下がるような重みがあった。
「はい、出発」
 耳の後ろから声が聞こえた。どうやらおぶさられているらしかった。
 僕はリーフェルングに跨り発進させる。
「落ちるなよ」
 僕は記憶を頼りにニニーの家へ走る。見覚えのある景色を見て、僕は少し安心した。
 僕はニニーをしょって店の中に入り、椅子に座らせ、リーフェルングに括りつけてあった車いすを取り出してニニーの所まで持っていった。
「乗せるところまでしてくれないの?」
 僕はため息をついて頭を掻き、ライゼエスィヒでやったようにニニーをおぶって、車いすの上にのせた。
「本当は歩けるんだろ? 自分でやれよ」
 車いすに乗せてから僕は言った。
「今の私はただのニニー=サリヴァンなのです」
「なんだよ、それ」
 僕が店から出ようとすると、ニニーは言った。
「なんで色々聞かないんだい? 普通、聞くだろう?」
「……きみはニニー=サリヴァンか?」
 彼女は肩をすくめ、馬鹿にするように言った。
「決まってるだろう。きみは阿呆か」
 僕は何も言わずにドアノブに手をかけた。
「ちゃんと、明日の夜、きなよ」
 僕は何も答えず、ニニーの店を出た。
 次の日、前の夜になかなか寝付けなかったせいで、僕は昼を大きく上回る時間に目を覚ましてしまった。ベッドから起き、右手の痛みがないことに気がついてつけっぱなしの包帯を外した。
「お、起きたか」
 帽子を被りながら広間に出ると、ソファの上で寝転がるメーレンがけだるそうに言った。その横にある机ではマックとヴェンディがチェスをしていた。ヴェンディが遊んでいるのを見るのは初めてだ。
「チェック」
 マックが言うとヴェンディは頭を抱えながらこつこつと机を叩いている。みんな仕事がなくって暇なのだ。
「ちょっと、出かけてきますけど」
「行ってこい」
 僕が言うと、メーレンは立ち上がって面倒臭そうに頭を掻きながらも見送ってくれた。
 リーフェルングに向かって、ある人の家へと向かう。結局、アートムングのいえには最近行ってなかったからだ。とくに用事もないのだが。
 アートムングが今住んでいる家はヴェステン領の町外れにある少し大きな家だった。ライゼを引退してから建てたらしかった。
「アートムングさん、エニモルですけど」
 僕はドアをノックした。
「おぉ……」
 中からアートムングのしゃがれた声が帰ってきた。僕はドアを開けて中に入る。家の中を歩き、寝室にはいると弱々しい老人がベッドの上で寝ていた。アートムングである。
「アートムングさん、大丈夫ですか?」
 ベッドの側に行って話しかけた。
「んん、この年になると色んな事がしんどいのだ。それで、今日はどういう用件で来たんだ?」
「えぇ、とくに理由もないんですが……祖父のことを」
 アートムングは聞いて二、三度頷いた。
「なるほど……だが、おれの知っていることはもう無い。お前が腰に下げているヘビー・ザ・サンはこの世に一対しかない業物であり、お前の祖父が愛した剣だ。誇りにもて」
 僕の頭はうなだれていた。頬に、アートムングのかさかさの手が触れた。固くしわしわで武器を握り続けた手のひらだった。
「お前の意志は、世界を変える」
 僕は顔を上げた。するとアートムングの手も放れた。
「あと、最近噂されている反政府組織を知っていますか?」
「あぁ、アウフ・エア・シューティングとか言う団体か。調査の話か?」
「いえ……。ニニー=サリヴァンと名乗る少女が、自分がそれの首領だと……」
 アートムングの顔に驚きの色が出た。だがそれはすぐに隠された。
「アウフ・エア・シューティングは何十年も前からある組織だ。だが最近活発化してきた。と、言うことはその少女は過激な思想の持ち主なのだろうな……。信じられない話だが……。だが、エニモル」
「はい」
「その少女から離れるな。監視しろ。協力者を装え」
 はっきりとアートムングは言った。強い口調で、確信があるようだった。
「協力者を? そんな簡単に騙されるでしょうか」
「協力者になりうるという自覚があってその子はお前に近づいたんだろう」
「僕が騙されていた場合は?」
「山賊あがりにお前は負けるのか?」
 アートムングが馬鹿にするように言った。僕はアートムング見て、頷いた。
「それでは、仕事があるので」
 たった今できた仕事を完遂するために、僕はアートムング家を出た。
 外はもう夕暮れ時で、ライゼエスィヒにつく頃はなかなか暗くなっているはずだ。僕はリーフェルングに跨ってそれを発進させた。
 リーフェルングをゆっくり走らせたせいもあるだろう。案の定ライゼエスィヒについたときはもう真っ暗だった。ライゼエスィヒの窓から中を覗いた。中の様子は出てきたときと何ら変わっていなかった。
 僕はそれだけ確認すると、リーフェルングに跨り、廃墟を目指す。
 かちゃかちゃと、祖父の剣が鳴った。
 廃墟は薄暗い雰囲気と共にわずかな熱気を放っているのが判った。明らかに昨日と違う。廃墟の扉を開けて、中にはいると、床に大きな穴が空いていた。
 近づいて確認すると、それは地下へ続く階段だった。道理で、判らないわけだ。地下に続く道があるとは。
 階段を駆け下りると、廃墟の中よりも巨大な空間があった。その中に何百もの人が居る。巨大な石の柱が天井を支えている。その奥に演壇がある。その上には、小柄な、見覚えのある少女が居た。ニニーだ。
 ニニーは拡声器を持って演説をしている。やはり、彼女がアウフ・エア・シューティングの首領なのだ。
「我々は、アウフ・エア・シューティング!」
 ニニーが叫ぶと、集まっている人々が叫んだ。
「アウフを打ち落とせ!」
「殺せ!」
 何とも殺伐としているな。僕の呟きはあっという間にかき消された。そして、冷たい何かが僕の身体にはいってきた。身震いして、僕は柱によっかかった。
 もう一度ニニーを見ると、その姿は一人の老人に変わっていた。色あせた長い赤毛。皺だらけの顔。ぼうぼうの眉毛。空色の優しい瞳が、今は強い意志を持つ何かに変わっていた。
「爺ちゃん……?」
 その呟きも、すぐに他の叫びにかき消された。
「ライゼだ! ライゼが居る!」
 誰だろうと思って、すぐに自分のことだと気がついた。僕は、制服のままでここに来ていたのだった。
「……」
 僕は自分でもなぜか判らないほどよろよろ体制を整えた。両手はそれぞれ剣の柄に届いている。いつでも、殺せる。
「やるきか、この――」
 右側の男が懐から何かを取り出そうとする。その前に僕は右腕で剣を抜いてその男を斬りつけていた。自分から見て左下から右腕への一閃。男は叫びながら床に伏した。
「こいつッ!」
 左側の男が叫んだ。その男は右手に剣を構えている。
 左肩から斜めに切り裂いた。剣は折れ、男は肩を押さえながら倒れた。
 何て冷たいんだ。僕は。
 全てが他人事のように思えてきた。

「そこまでだ。エニモル=ティア!」
 ニニーの声だった。壇上の祖父は消え、ニニーがこちらをみていた。
「……」
 僕の視界はぴたりととまっていた。僕の周りだけ人が居ない事に今気がついた。
「そのまま皆殺しにする気か? エニモル」
 なぜ人居ないのか皆血だまりを避けていたらしかった。誰のか判らない血だまりの上に、僕は居た。
「みんな、彼が通る道をあけてやれ」
 ニニーの一声で、群衆がざあっと二分した。出来た道はまっすぐニニーの居る演壇に向かっている。
 僕はゆっくりそこに向かう。誰かの歯ぎしりの音が聞こえると思っていたら、自分が歩く音だった。
「ふふ、来い。エニモル」
 僕は演壇の舞台裏へと導かれた。そこには、テーブルの上に二杯の水と、椅子があった。ニニーはその椅子に座った。
「座れ。エニモル」
 ニニーは水を飲みながら言った。けど僕は座らなかった。
「……十人ほどお前に斬られたが全員命に別状はないようだ。どうした? いつもと違うな。全てが――」
「ニニー」
 これが僕の声だったのか。
 ニニーは肩を振るわせ、ゆっくりと杯を机の上に置いた。その手はなぜか震えていた。
「な、なんだい?」
 引きつった笑みで彼女は答えた。
「僕の祖父は、この組織と関係があるんだな?」
 右手は自然と剣の柄に触れていた。
「アウフ・エア・シューティング、初代の首領だ。お前を育てた養父、ロッキー=ティアは……」
「お前は、何を知っている?」
 ニニーはぐいっと水を飲み干すと、笑った。やはり引きつっている。
「仲間になったら教えてやる。知りたいだろ? ロッキーがなぜこんな組織を作ったのか、なぜ、テレフォーンがお前から離れたのか」
 僕の右腕は剣の柄から離れ、ニニーの胸ぐらを掴んでいた。
「いいのか? 私が死ねば、全ての情報は消え失せる」
 僕の身体から力が抜けていく。わからない。ニニーは不敵な笑みを浮かべていった。
「私の犬になるか? エニモル=ティア」
「……僕は、何を、すればいい?」
「私の言うことに、『ワン』と言って従え」
「それは……いやだな」
 ニニーはフフと笑った。

■レッツ シー イフ ザッツ トゥルー オア ノット第三章・3






 アウフ・エア・シューティングの集会場から逃亡用の隠し通路を使ってライゼエスィヒに戻った僕はすぐに寝た。みんなそれぞれの部屋でそれぞれ別のことをしているようだった。
 ――明日、夜が明けてすぐ私の家に来い――。
 寝る直前、ニニーに言われたことを思い出した。
「……」
 次の日の夜が明ける前、まだ外が寒く暗いとき、僕は目を覚ました。帽子を被り、手袋をして首にマフラーを巻いた。予備の手袋と防風眼鏡をポケットに入れると、ライゼエスィヒの外に出た。
「どこに行くんだ? エニモル君」
 リーフェルングに跨ったとき、声がした。ヴェンディだった。
「ちょっと、この世の果てまで」
 防風眼鏡をした僕が言うと、ヴェンディは微笑んだ。
「もう五年も一緒に居るんだ。きみの様子の変化くらい判る」
「引き留めないんですね」
 リーフェルングをいつでも発進できるような状態にした僕は防風眼鏡を上にずらした。
「引き留めて欲しいのか? とはいえ、若者の旅立ちは見守るべきだ」
「ちゃんと帰ってきますよ。僕は」
「そうしてくれると嬉しい。きみは敏腕職員だからね。マックもきみに懐いているし。あれでも、昔はもっと暗い子だったんだよ」
 僕はずらしていた防風眼鏡を下げた。
「……それでは、いってきます」
「元気でな」
 リーフェルングは走り出した。
 ニニーの家の前には、一人の少女が居た。長い黒髪に黒いコートを羽織っていた。首には白いマフラーが髪と一緒になびいている。格子縞の短いスカートと革のブーツ。
「時間ぴったりだな」
 どこかうきうきしているニニーが言った。
「足は……本当に大丈夫なのか?」
「まだ信じてたのか。どこまでもお人好しだ、っと」
 言いながらニニーがリーフェルングに跨った。腰に彼女の細い腕がまわる。
「ニニー、寒いからこれ」
 僕は予備の防風眼鏡と牛皮の手袋を渡した。ついでに自分が被っていた帽子を渡した。
「帽子で髪の毛隠しなよ」
「なぜだ? 差別的な事を言ってるのか?」
「ちがうよ。その長い髪の毛が車輪に絡まると大変だろ」
「なるほど。気がつかなかった」
 ニニーは僕の背で髪の毛を帽子の中に入れたようだった。
「よし、もういいぞ。エニモル。首都に向かって出発だ」
 行き先は告げられていなかったのだが、そんなことだろうと思った。
「他に持つものはないの? それだけ?」
「剣しかぶら下げていないきみに言われるとは心外だ」
 ニニーが言った途端に僕はリーフェルングを発進させた。街道の塵を吹き飛ばしながら力強くリーフェルングと僕らは進む。
「え、エニモル! 走り出す前は何か言ってくれないか?」
 ニニーが叫んだ。
「はは、次から気をつけるよ」
 昇った太陽に向かって僕はリーフェルングを走らせた。
「ニニー、教えてくれないか、きみの、知っていること」
 道中、僕が尋ねた。
「……聞かれると思った。……そう言う約束だったからね。……どこから話そうか……。そうだな、まずは、この世界について説明が必要だ」
 僕は少し速度を落とした。
「この世界には、二つの世界があるんだ」
「二つの世界?」
「ふり返るのは良いからきみは運転に専念したまえ」
 ふり返る前に言われてしまった。
「ザシンプルと呼ばれる世界と、ザハードと言われる世界だ。ザシンプルは今きみの居る世界。ザハードはザシンプルより下にある世界だ。ザハードからしてみればきみの居る世界は空に浮かぶ巨大な都市と言うことになる」
 早くも頭がこんがらがってきた。
「どういうこと?」
「質問は後で聞くよ。ザシンプルとザハードはだね、トラウム・ファール・シュトゥールと呼ばれる巨大な柱で繋がっている。見えないけどね」
「では、きみの養父ロッキー=ティアが、なぜ反政府組織を作ったのかを教えよう。……なぜ、世界は二分されていると思う?」
「知らないよ」
「そんなこと知っているよ」
 こんちくしょうと言おうとする前にニニーは話を続けた。
「奴隷……。判る訳無いか。召使いが判るかい? 雑用でも良い」
「そりゃわかるよ。マックもそうだっただろ? 待遇はいいみたいだったけど」
「そうだね、彼女もライゼエスィヒの雑用だった。……そう言う関係なのさ。ザハードとザシンプルは」
「……片方が片方の主従関係って事?」
「もっと強い。もっと凶悪なものだ。……きみは昨日、何を食べた?」
 腰にしがみつくニニーの力が強くなった。
「パンだよ。それが?」
「パンは何から作る?」
「……小麦粉?」
「その小麦粉はどこから持ってくる?」
「……国の、支給品だけど……。どこからって言ったら神さまのくださるものだろう?」
 僕がそう言うと、ニニーは鼻で笑った。
「じゃあ、きみの愛車……」
「リーフェルング?」
「そう、リーフェルング。これは何で動いている?」
「……エレクトール?」
 腰に回されたニニーの手にぎゅっと力がこもった。
「そうだね。ザハードは、エレクトールなんだよ。ザシンプル、君たちがいま生きている世界の人々を生かすための。……テレフォーン=パピーアもそうだった。君らを生かすため。人としての価値なんてない。生まれてから死ぬまで君たちが『神からの贈り物だ』。と思いこんで食べている小麦なんかを作るためにね」
「……言っている意味がわからないよ。小麦を作る? どうやって?」
「木に、桃がなっているのをみたことがあるかい? あれと同じように作るのさ。ザハードの、人とすら思われず、当然だと言われ死んでゆく人々がね」
「冗談だろ?」
 僕の声は震えていた。
「これが嘘だったらあたしは相当なペテン師だ。……みんな、君たちと同じように幸せを願っていたはずなんだ。……この世界は、壊さないくっちゃいけない。あたしは、それをきみの養父から教わった」
「……ニニー、きみなら、それが出来るのか。世界を壊すことが」
 僕が聞くとニニーは即答した。
「エニモル。きみとあたしが、それを成す」
 凛と、力強く、はっきりと、彼女は言った。
 朝も終わり、昼になる手前僕らはアウフに着いた。
「ここがアウフか」
「そうだよ。きたことなかった?」
「一応ある。けれど、こんなに活気ある街では――」
 ニニーの言葉はしりすぼみになって消えていった。
 祖父の家に着くと、早速中に入った。
「綺麗だな。埃がない」
 家の中に入ったニニーは帽子を取り、手袋と防風眼鏡を取ってからあっちこっち見たり触ったりしながら言った。落ち着きがない。
「学生時代の友達が、掃除してくれてるみたい」
「へえ。つまり五年間帰ってきてなかったきみは迷惑かけまくりと言うわけだな」
 棚の中にある皿を掲げて見たりするニニーが言った。
「フフ、『迷惑かけまくり』。というのは撤回しよう。きみは、大いに役立ったよ。これは興味本位ではなくって、確信するために聞く。ライゼになってから、テレフォーン=パピーアの部屋に入ったことはあるか?」
 ニニーの面白がるような顔を不審に思いながら僕は答える。
「ないよ」
「二階には、彼女の部屋だけか?」
「そうだけど……、なんでテレフォーンの部屋が二階にあるって知ってるんだ?」
「簡単だよ」
 ニニーはさっき見ていた皿を取りだしていった。皿の裏。黒い文字。「商品は二階で」。
「どういう、意味だと思う?」
 ニニー特有の人を食うような笑み。
「……まさか……」
 僕は二階へ駆け上がった。二階の廊下。すぐにそれはあった。テレフォーンの部屋。僕は部屋の扉を蹴破った。
「……」
 窓にカーテンでもしているのだろう。薄暗い部屋の中で、誰かが居る。突如開いた扉を見て、驚いているようだった。
「だれだ?」
 徐々に視界がなれていく。
 そこにいたのは、見知らぬ男四人と見覚えのある、少女だった。
「……エニモル?」
 少女が僕の名前を呼ぶ。正しくは、もう少女ではないけれどその童顔から子供に間違われる女性だった。
「ここで、何をしているんだい? ……エスタ=ノーチェ」
 彼女は男四人を手で制すと、僕の方に歩み寄ってきた。
「久しぶり、じゃないよね」
「そんなことを聞いているんじゃない! お前は、ここで、テレフォーンと、僕の家で、何をしているんだ?」
 彼女は肩をすくめた。
「ちょっと借りてただけだよ。そんなに怒るなんて、らしくないなぁ」
「話を逸らすんじゃない。きみは、ここで、何をやっていたんだ?」
「た、たすけ、――」
 声がした。幼い声だ。その声の主は子供だった。エスタに気を取られて気づかなかったが、テレフォーンが使っていたベッドの影で男から口に靴を入れられている。僕がそこに駆け寄ろうとすると、エスタが間に入った。
「……もう一度聞くよ。エスタ。……お前は、ここで、何をするつもりなんだっ!」
 沈黙。
 くすくすと笑う声。
「エニモル……。この世界で生きる私達と、この世界で生きていない人たち。どっちが大切?」
 エスタが笑いながら言った。
「他の世界の人間が死ぬことで、私達の世界が幸せになるのなら、素敵なことだと思わない?」
 僕の右手は剣の柄に届き、かつての友人へ一閃を浴びせようとしたとき、怒号がとんだ。
「エニモル! そんなくずはきみが、その誇り高きヘビー・ザ・サンが糧にして良いような人間じゃない!」
 僕の手はぴたりとそこで止まった。
「……ニニー」
 小さな首領は僕の横に立つと、上着の中から一丁のシューターを取りだした。だがシューターと言うには小さく不器用な出来だった。それでも、使われている素材は最高級らしく、銀色が輝いている。
「私は、アウフ・エア・シューティング首領のニニー=サリヴァンだ。去れ。小物」
 エスタはきょとんとしていたが、男のうち一人が騒ぎ出した。
「お、おい、あれ、本物のマッチロックじゃねぇか?」
「……なに?」
 マッチロックというのは聞いたことがあった。エレクトールではなく、焔の力で弾丸を飛ばす火と鉄のシューター。
「よくみて見ろよ。あの材質、形、間違いない。あんな銃を持ってるのはニニーサリヴァンだけだ。……やばい。にげろ!」
 みるみるうちに逃走する男達。それを追ってエスタも逃げ出した。
 あっという間に静まりかえった部屋の中に入り、必死で僕に助けを求めた少年に近寄った。正しくは、少年と少女だった。
 ニニーがカーテンを開け、部屋に光が満ちた。黒い髪、褐色の膚。焦げ茶色の瞳。二人とも纏う雰囲気は違ったが、その点だけ一緒だった。
「もう、大丈夫だよ」
 声をかけてみたが、二人とも警戒しているようだった。僕が手を伸ばして縄をほどこうとしても嫌がられた。
「わるい人は居なくなったんだよ。名前はなんて言うの?」
 少年の方に声をかけてみたが、反応を示さない。
「……僕は、エニモル=ティア」
「名前なんて、ないよ。俺も、こいつも」
 少年は少女の方を指差した。
「じゃあ、僕がつけても良いかな?」
「……すきにしろ」
 男の子の方はそっぽを向いて言った。
「きみはマーニ。そっちの子はソール。どうかな?」
 二人とも僕の方を見つめた。凝視されると少し気まずい何かがある。
「マーニ……」
 彼は復唱した。
「気に入った?」
 マーニは頷いた。
「なら良かった……。君たちは、ここで、何を?」
 沈黙。部屋の中を漁っていたニニーが呟いた。
「凶悪な人身売買だよ」
「え?」
「ザハードは歯車なのさ。……自分の悪い臓器なんかを、この子のと入れ替えようっていうことだ。世界が違うから、さ」
「……。それ、本当か?」
「ロッキー=ティアが掴んでいた事実の一つだ。……疑ってるのか?」
 用心のためだろう。ベッドの下を漁っていたニニーが顔を上げ、こっちを見て言った。
 視線がぶつかる。
「にわかには信じがたいよ」 
「私もだ。けれど、真実を確かめに行こうとは思わないか?」
「どうすれば、判るんだ?」
 ニニーはゆっくり立ち上がった。
「簡単だ。ロッキーもやった。王立図書館で閲覧禁止の間がある。そこに行こう」
「……何か、策は?」
 ニニーは腰に手を当て、少し考えてから開き直るように言った。
「ない」
「……そんなことだろうと思った。僕に任せてよ」
「何をするんだ?」
 ニニーはこっちの方に寄ってきて、マーニとソールの縄をほどいた。
「協力者を募るんだ。僕の知り合いに、王立図書館につとめてる人が居てね」
「ほう。それは好都合だ」
「僕は今から会いに行く。だからニニーはこの子達を市役所に連れて行って、市民登録しておいて。あと、ここのライゼエスィヒに、相談しておいて」
「わ、わたしが?」
「うん。頼んだよ」
 僕は引き留めるニニーを置いて、外に出た。居るだろうか。居ないかも知れない。そう思いながらリーフェルングに跨った。
 向かった先は勿論バックシートドッグだ。扉を開けると、盛り上がっている四人組を見つけた。ベイビー、ヘルセイ、ホイテ、サイモンだった。
 サイモンはこの間思いっきり殴ったので顔をあわせづらかったが、僕に気づいたサイモンが手招きした。
「本当ごめんな」
 苦笑しながら椅子に座って言われたのはその一言だった。
「いいよ。思いっきり殴った僕も悪かった。何が何かわからなくって……」
「よし、じゃあ、これで解決だな……。それとさ、エニモル。エスタ、見なかった?」
 僕の指がかすかに震えるのが判った。
「あの人は、もう、来ないよ。きっと」
 ヘルセイが怪訝そうな顔をする。
「どういう事?」
 僕は目を伏せ、もう一度あけてから全てのことを喋った。ニニーや、この世界のことを。
「……。じゃあ、お前は、ライゼの任務でここにいるわけじゃないんだな?」
 ベイビーが言った。
「お前は、馬鹿だな」
 誰かが言った。しゃっくりをしながら。サイモンだった。
「別の世界にいる人間なんだろう? そこまで干渉する必要があるか? 今まで知らずにこき使ってたくせに、のうのうと生きていたクセに、どこまでも自分勝手だな」
 僕は思わず立ち上がり、殴ろうとする拳を、やっとのとこで押しとどめた。――途端、サイモンがとなりの机を巻き込みながら転がった。
「お前な……」
 ベイビーが怒鳴った。いつの間にか立ち上がっている。どうやら彼がサイモンを殴ったらしかった。
「……なにすンだッ」
 サイモンが赤く腫れ上がった頬をさすりながら立ち上がった。幸い周りに客は居なかったが、迷惑そうな視線を僕らは受け止めた。
 ――僕のせいだ。
 乱闘が始まるかと思うと、サイモンは唾を吐いてよろよろと店から出ていった。
「ごめ――」
「お前のせいじゃないさ。エニモル」
 僕が言おうとした言葉を、ベイビーは遮った。帰っていったサイモンをホイテが追いかける。そこでようやく僕は、彼女のお腹が不自然に大きくなっていることに気がついた。
「あれで、五人目だと」
 サイモンも、ベイビーも、立派な大人になって、何かを守ろうとしている。
「僕は――」
(――中途半端だ)
「じゃあ、俺は帰るよ。エニモル、ちょっと、人手が居る。ついてきてくれ」
 ベイビーは椅子にかけた上着を羽織り、机の上に紙幣を二、三枚おいた。僕もそれに倣って殆ど手をつけていない酒代を置いた。
「エニモル……」
 外に出てから、ベイビーは僕を呼んだ。着いてこいという意味らしい。言われたとおり着いていくと、見慣れた公園があった。柵と木とゴミ以外何もない殺風景な公園だが、愛着の――僕とベイビーにとっては――ある公園だった。
 ベイビーは太くて長い木の棒を二本取ると、一方を僕に向かって放った。
「五十七勝、五十八敗、三十二引き分けだったな」
 足の健を伸ばしたりしながらベイビーは言った。
「え?」
「いいから、久々に戦おうぜ。学生時代良くやっただろ? よくテレフォーンに止められたけどさ」
 確かに、昔は意地を張り合って喧嘩まがいのことをし、そこから発展して一緒に組み手を組んでいた。
「お前から先攻でいいぜ。いっとくけど、酒が回った俺は強いぜ」
 僕はつい笑ってしまった。
「自分で言うなよ」
 ベイビーもにっと笑った。
 僕は踏みだし、頭への攻撃――と見せかけて胴を突くが、簡単に弾かれてしまう。
 相手の反撃――左下から斜め上。後ろに跳んでかわす。
 頭上からの振り。――本気だ――。僕の持っている木の枝がベイビーのものと合わさった。乾いた音がする。
「くっそ。強いな」
 何かがぎりぎりと音を立てる。どちらの物かはわからないが、木の枝だ。
 僕はベイビーの脇腹を蹴りつけ、うずくまる彼に木の棒を向けた。
「……いてぇ」
「手段を選んでたら、自分が死ぬので……」
 言い訳がましく僕は言った。
 僕が手を伸ばすと、ベイビーはそれを掴んで、立ち上がった。
「もしも、さあ、ライゼじゃなくなったら、どうする? この件でさ。……黙って寝返ったんだろ?」
 ベイビーは服に付いた埃を払いながら言った。確かに、その可能性は無くもない。
「……一応、お前は俺たちの希望だ。今でもな。……自分で決めたんだろ? ザハードって言う、もう一つの世界を、子供達を、守りたいってお前が決めたんならそれを突き通せよ。いつか、何かが拓けるはずだ。……どんなに情けなくなっても、お前は俺達の希望で、親友で、戦友だろ? エニモル。……っと、こんな時間だから俺は失礼するぜ。じゃな」
 ベイビーは駆け足で公園を出て住宅街の中に消えていった。その背中を見送ってから僕はリーフェルングを取りに戻った。
 リーフェルングに跨ると、ちょうどヘルセイが出てきた。
「……じゃあ、明日、僕を仕事場で見かけてもしらんふりしてね」
 僕がいうと、ヘルセイも微笑んだ。
 リーフェルングを発進させ、家に戻った。
「エニモルッ! 遅い! そして報告!」
 玄関で仁王立ちになっていたニニーが言った。
「えっと、とくにめぼしいことは……」
「なに? きみは何をしに言ってきたのか早く言え。それなのに何もないなど――」
「ニニー、素直に『寂しかった』って言えばいいじゃないか」
 すっかり警戒心を解いたマーニが細長い机についてパンを囓りながら言う。ソールがくすくす笑った。
「う、うるさいなぁ! ソールも笑うな」
「すっかり仲良しだね」
 僕が言うとニニーは居心地悪そうに机につき、僕にパンを投げた。
「早く喰って寝ろ! 明日は早いんだから」
 僕も机に着いた。ソールの隣だった。
「……エニモル、エニモルはいつから戦ってるの?」
 戦うという言い方は少し心外だったが、それよりも今まで押し黙っていたソールが話しかけてくれたことが嬉しかった。
「僕はライゼって言う、悪いことをする人が居ないか取り締まる仕事をしていて、それに就いたのが五年前かな。けど、それ以上前から実習で戦ったりはしてたよ」
「……戦うの、痛くない?」
「どうして?」
「だって、人を殴ると自分も痛いし――」
 ソールの言葉は尻すぼみになって消えた。けれど、言いたいことは判った。
「痛いよ。痛いけれど、誰かを守るために戦いたい。誰も傷つかないですむ世界を――」
「私とエニモルが、それを成す。楽しみにしてると良い」
 僕の言葉を遮ったニニーの勝ち誇ったような笑みがそこにあった。















■レッツ シー イフ ザッツ トゥルー オア ノット第四章・1


第四章

 ニニーと子供達に二つあるベッドを両方奪われた僕は二階の廊下で目覚めた。
「……」
 伸びをして一階に下りた。まだ誰も起きていない。僕は火種入れから火種を入れて火を焚き、外の井戸から水を汲んできてやかんにお湯を沸かした。戸棚から茶葉を持ってきて茶出しに入れた。
 お湯が沸き、茶出しの中にお湯を注いでから少し待つ。後ろの方から物音が聞こえ、僕はふり返った。
「ニニー」
 寝ぼけた顔の少女は頭を掻きながら僕に近づいた。
「……いい香りだ。なんて言う茶葉だ?」
「キームンだよ」
「あぁ……。ロッキーが好きだったやつか……。エニモル」
 いきなり寝ぼけた口調ではなくきりっとした口調になったニニーが言った。
「なに?」
「きみは、テレフォーン=パピーアを救うために、その情報を知るために、私の仲間になったんだろう?」
 そうだ。その気持ちは今でも変わっていない。
「そうか。……一応伝えておく。テレフォーン=パピーアは、おそらく、きみへの負い目があってきみから去った」
 首肯した僕にニニーが言った。
「え?」
「おそらく、ワン=ケーニヒに刷り込まれたか、それとも元々抱いていたか」
「ちょっと、どういうこと?」
「聞け。彼女と、きみの違いはなんだ?」
「……見た目?」
 恐る恐る僕は口にした。
「差別的発言だが、その通りだ。それは、きみにとって魅力でもあった。違うか?」
 ふふん、とニニーは笑った。まるで「きみのことは何でも判る」と言うように。
「それは、相手にとっても同じ事だ」
 僕が押し黙っていると、ニニーは言った。僕は思わずニニーの顔を見た。
「テレフォーン=パピーアは、何かしらの脅しをかけられた。『ライゼを退職させる』と言った類の事かも知れない。そこは判らない。けれど、彼女は、きみを思ってきみのもとを去った……。この話は真実かはわからない、ただの空想だ。けれど、きみはテレフォーン=パピーアに会って話す必要が、訊く必要がある……。それはそうと、紅茶の蒸らし過ぎじゃないか?」
 慌てて紅茶をカップに注ぐ僕に、ニニーはいつの間に取ったのかずいっともう一個カップを差し出した。
「渋いのが好きなんだ」
 と言って笑った。
 僕がニニーの分まで紅茶を注ぐと、ふらふらとマーニとソールがやって来た。二人の分まで注ぐと、ちょうど紅茶はなくなった。
「で、そのヘルセイって人は協力してくれそうなのか?」
 長机を囲んでからニニーが言った。
「たぶん、大丈夫と思う」
「へえ……」
 ニニーは紅茶をすすった。  
 隣ではソールとマーニが仲良くバスケットからパンを取り出して囓っている。
「二人とも、無茶するなよ」
 マーニが呟いた。となりにいたニニーが彼の頭に手を置き自慢げに、にやっと笑っていった。
「大丈夫だ。エニモルがついてるからね」
 快晴のような美しい瞳が僕を見ていた。気恥ずかしさについ目をそらしてしまう。
「さあ、のんびり飯を食っている時間はないぞ。エニモル。出かけよう」
 ニニーは勢いよく立ち上がって言った。
「わかったよ」
 僕は食べかけていたパンを全て口の中に入れて頬張り、出かける準備をした。防風眼鏡、薄い牛皮の手袋、長いマフラー。帽子を被ろうとして、それをニニーに預けたままだと思い出してまあ良いかとどうでも良くなった。
 僕が部屋の隅で準備をしていると、ニニーがマーニに物騒な話をしていた。断片的だが、どうやら、シューターの使い方を教えているようだった。
「……なんてもん教えてるんだよ」
 腰の左右に祖父の形見である剣をぶら下げた僕は言った。
「私達の留守中に、この子達が闇へと消えていたら、きみもわたしも、普通でいられなくなるだろう? どちらかが残るにしても、エニモルが居なければ本末転倒だし、エニモルだけだと何も出来ずに帰ってくるのがおちだからね」
 僕はそれを聞いて、なぜか哀しい気分になりながらもそれを見過ごした。
「……」
 僕が階段に腰掛けてその様子を眺めていると、ソールが横に座った。
「いやなら、やめさせれば良いんじゃない?」
「そうだけど、僕も、君たちが気がついたらどこかに連れ去られてるのは辛いよ」
 ソールが押し黙るので不審に思って、僕は彼女の方を見た。ソールは、耳まで真っ赤にしてなにかを言おうとしているようだった。
「そんなに私達が大切なの?」
 奇妙な沈黙の末に返ってきた答えはそれだった。
 僕は困ってしまった。頭を掻いて少し考えて、それに答えた。
「大切だよ」
「みんな、私を殴ったのに? あの子も……マーニも、沢山ぶたれてた」
 僕らの世界を回す歯車。その大きな歯車の一部となって、この間まで回っていた少女と少年。名前も、与えられず。
「今まできみが殴られてたなんて僕には関係ないよ。ここは違う世界だし、君たちのいた世界も、誰も殴られないような世界にしてみせるよ」
 ソールは立ち上がって、僕を見た。
「……全部が終わったら、私に、戦う術を、教えてくれますか?」
 強い意志を宿した眼が僕を見た。ニニーの空のような瞳とは違う、燃えるような瞳だった。
「全部、終わったら、そうする。約束する」
 そんな約束を取り付けて、外に出た僕はニニーと一緒にリーフェルングに乗った。
「……エニモル、こいつは、ロッキーが使っていた奴だろう?」
 リーフェルングの赤銅色の流れるような形の胴を撫でながら、僕の帽子を被ったニニーが言った。
「うん。アートムングっていう、僕の先輩が、預かっていたものだって」
 僕はマフラーを巻き直し、防風眼鏡をつけた。
「アートムングか……。まだ生きてるの、っかッ、――え、エニモル! 走らせるときは何か言えと言っただろ!」
 ニニーが喋っている途中を狙ってリーフェルングを発進させた僕に、ニニーから避難の嵐が聞こえる。
「あはは、動かすよ。気をつけてね。ニニー」
「もう遅いッ!」
 僕が速度を上げると、ニニーが腰にぎゅっとしがみついてきたのが判った。
「ニニー、ゆっくり走らせようか?」
「そう言う気遣いは動かすときに頼む」
 ニニーは震える声で言った。
 僕が通っていたライゼを育成する学園から右に曲がってすぐの所に、王立図書館はあった。噂では、地下で色んな物と通じているらしい。
 王立図書館の前にリーフェルングを止め、僕らは中に入った。すぐに紙とインクの香りがした。
「うん、いい匂いだ」
 と言いつつもニニーは涙目である。どうやら僕が急発進させたときに座席から落ちかけ、王立図書館に着くまで不安定な姿勢で居たらしい。
「ニニー……ごめん……」
「今さら謝られても困るね。次からの行動にいかしてくれ」
 言葉だけ聞くと寛大だが、冷たくこちらを見ずに言うので、どうしようもない。
「本当にごめん……」
「もう、うるさいな。次から気をつけろと寛大な私が言っているのだからきみは私を信じてその友人の所に連れて行けば良いんだ」
 これはもうだめだ。そう思った僕は早くヘルセイの所に連れて行こうと思った。
 忙しそうに動き回る司書の中から、見慣れた眼鏡の女性を見つけ、声をかけた。
「ヘルセイ」
「エニモル? ……あぁ……。その子が……ニニー……さん?」
 ニニーが少女なのに驚いたようだった。
「私のことまで喋ってるのか。とんだおしゃべりだ」
 気にした様子もなくニニーが言った。
「エニモル、大丈夫なの?」
「うん、大丈夫だよ。きっと」
「……『きっと』って……」
 ヘルセイが不安そうに言った。
「大丈夫だ。いざとなったらきみはエニモルに脅されたと言うことにすればいい」
 ニニーが言った。僕は後ろにいるニニーの方を向いた。
「そうなったら本格的に僕は犯罪者じゃないか?」
 ここまで言ってそもそもの論点がずれているような気がした。
「そしてきみは私に脅されたと言うことにすればいい」
「誰も信じないよ。少女に脅されてやったなんて」
「売春でもしてそのネタで私に脅された事にしよう」
「きみの言うことはいつも意味不明で難解だな」
 すると隣で、ヘルセイがぷぷ、と笑った。
「判りました。私は脅されて、見せてはいけないものをあなた方に見せます」
 両手を上げて彼女は言った。
 僕らはヘルセイが案内する先に向かった。目の前にある分厚い辞書の載った本棚を横にずらすと、扉が現れた。その扉をヘルセイが開くと、辺りが妙に騒がしくなった。
「え?」
 ヘルセイが動揺した。騒ぎの原因はすぐにわかった。図書館の天井に煙がたちこめているのだ。
「ヘルセイさん、消火に行ってきたら?」
 ニニーが言うと、ヘルセイは頷いてその場を去った。
 僕らがヘルセイから案内された扉の中にはいると、扉は独りでに閉まり、勝手に明かりがついた。
「最悪壊す」
 ニニーが物騒なことを言った。おそらく、もしも扉が開かなければの話だろう。
 目的の本はなく、目の前にある薄暗く細い通路を一列になって歩いた。ニニーが僕の後ろにいた。
「さっきの火事、どうなったのかな?」
「煙だけだ。小火だよ」
「どうして判るんだ?」
 後ろにいるニニーが何かを耳の後ろからさしだした。それを受け取って眺めると、小さい箱のような物で、箱の側面にはざらざらした物が着いている。
「マッチ?」
「そう」
 ニニーが後ろで意地の悪い笑みを浮かべるのが見えた気がした。
 強い明かりが見えると、数々の本棚があった。その中には色んな本がおさまっている。
 ニニーは僕をはね飛ばし、どこからだしたのか大きな鞄に本を選んでは入れていった。
「何か手伝おうか?」
「きみに読める文字は一つもないだろう」
 ニニーは僕すら見ず、本を盗んでいるようだった。なんだかやるせない気持ちになった僕は床に寝転がった。埃とカビの臭いがした。もう何十年と人が訪れていないらしい。
「ニニー」
「なんだ? 眠くなったら寝て良いぞ。置いていくが」
「僕のお爺ちゃんは……、知りすぎたから、死んだのか?」
 ニニーの手が止まった気がした。少ししてまた動き出す音がした。
「そうだ……。ロッキー=ティアはそれを悟っていた。そしてお前に全てを託した」
「僕が、今、ここできみとこんな事をしているのも、知っている?」
「そうだろうね。彼には、そんな確信があったらしい」
 ニニーの声が急に哀しそうなものになった。
「エニモル、私はね、死ねないんだよ」
 そのときは、ただの冗談だと思った。
 僕がうとうとしていると、脇腹を思いっきり蹴られた。
「ぐふッ」
 自分でも情けない声が出た。
「いつまで寝てるんだ。行くぞ」
「はい……」
 僕は起きあがり、ニニーの後を着いていった。
「エニモル、ここ、お前の愛車は進めそうか?」
 図書館へ戻る途中、ニニーが言った。
 僕は周りを見渡し、
「大丈夫だと思う」
 と答えた。
「よし」
 なぜか満足そうにニニーが言った。
「もうすぐだ。エニモル」
 ニニーは本当に嬉しそうに言った。
 扉が開かなかった何てこともなく図書館に戻るとがらんとしていた。火は止まったらしい。
 僕は扉代わりの本棚を閉ざした。
「火事のせいで臨時休業にでもなったか。さあ帰るぞ、エニモル」
 図書館を出てリーフェルングに跨った。
「エニモル、憶えているだろうな?」
 僕がマフラーを首に巻き直したりしているとニニーが言った。
「判ってるよ」
 防風眼鏡をおろしながら言った。
「……、……、……、……速く出したらどうだい?」
 ニニーもリーフェルングに乗ったようだった。
「え? あぁ、なんて声をかけようか迷ってたんだよ」
「まったく、そう言うのは良いから――ッ! エニモル! 後でお、憶えてろよ!」
 僕がわざとニニーの話している途中でリーフェルングを発進させた。
「え? なんだって?」
 僕は大通りを文字通り右往左往した。後ろでニニーが奇声を発しながらしがみついてくる。
「え、えに、エニモル! あんぜ、安全に、う、んん、うぅ、運転――」
 ニニーの言葉が尻すぼみに消えていった。少しやりすぎたか。僕は声をかける。
「ニニー? 大丈夫?」
 僕はもう道の真ん中をゆっくりまっすぐ走っている。
「――ろす」
 ニニーが言った。ぞくりと背筋が冷たくなる。
「――後で、殺す」
 僕は相手の気を紛らわすために訊いた。
「な、何で今じゃないの?」
「い、今は……、む、り」
 力無くニニーは言った。僕はその後の液体が道路に叩きつけられる音とか「おぇぇえ」とか言う声は聞こえなかったし聞かなかった。
 家に着いて、リーフェルングから降りようとするとニニーが首に手を回してきた。
「な、なんだよ」
 少しどきっとした。だがそれはニニーから漂う酸っぱいにおいにかき消された。
「……ほんとごめん」
 ニニーは答えない。僕はニニーをおぶって家の中に入った。ドアを閉めた瞬間、誰かの怒声が聞こえてきた。
「出ていけッ! 出てけよ!」
 すぐにマーニの声だと判った。
 ニニーもそれに気づいたのか僕の肩を踏んで前に跳躍した。その両手にはシューターが握られている。何丁持ってるんだろうかと思いながら僕もそれを追った。
 居間には見覚えのある女性と、部屋の隅でシューターを構えるマーニと怯えるソールが居た。
「ニニー! エニモル!」
 マーニとソールがニニーを見、その後僕を見て嬉しそうな歓声を上げた。
「……エスタ」
 マーニに近づく女性、エスタはゆっくりと僕の方をふり返った。
「エニモル……」
「何をしに来たんだ」
 エスタは目を伏せた。
「私、今、犯罪者なんだよね?」
「もちろんだとも。この都市のライゼは『面白そう』な顔をして猟犬の如くお前を捜し回っている」
 ニニーが答えた。ニニーの眼は燃えるように輝いている。
「……そっか……。本当は、さぁ、子供達を救いたかった。でも……、もう、手遅れだよね……。みんなみたいに、なれなかったよ……」
 エスタがぽろぽろと涙を流した。
 不意にドアがノックされた。どうやら、この町のライゼが来たらしかった。
「本当は、こんなこと……」
 エスタはうつむいてうわごとのように呟いた。だとしても――。
「だとしても、僕は、きみをゆるせないよ」
 彼女は雷に打たれたように顔を上げ、顔をくしゃくしゃに歪ませた。
「……ぁ」
「この町のライゼが来てるんだ。ニニー、ドアを開けてきて」
 エスタが何かを言おうとしたとき、僕はそれをさえぎった。
 ライゼはニニーと共に早足でやって来て、エスタの両手を前に持ってきて木製の手錠をした。エスタは泣くのをやめ、眉間に皺を寄せて僕を睨んでいる。その視線が、何かに突き刺さった。
「ご協力、感謝します」
 壮年のライゼが言った。

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「……いえ」
「隣の家の人が、家に入っていくあの子を見たんだって、さ」
「へぇ」
 ニニーの報告を、僕は聞き流した。
「……ニニー。僕は、友人を売った。正しい事をやったと思う?」
 ニニーは黙っている。
 すると、目の前の景色が歪み、僕は床に転がったのだと判った。顎が痛い。
 目の前がぐらぐらしていると、目の前に二人の少年と少女が立った。二人とも、僕に向かって手をさしのべている。
「お前はこの子達を救った。それは正しいことだ。違うか?」
「……」
 急に視界が滲んだ。
「例え相手が友人であろうと、お前の行動は正しいよ」
 僕は、嗚咽を漏らしながら泣いた。

■レッツ シー イフ ザッツ トゥルー オア ノット エピローグ・0


  エピローグ

 私が彼の家まで行ってあげると、数分してようやく彼は出てきた。
「すまん、ソール」
「良いから、乗って。待ち合わせに遅れるでしょ? 折角みんなで会えるのに遅刻はしたくない」
 私はマーニをリーフェルングに乗せてあげたのを確認すると、トラウム・ファールシュトゥールへ走らせた。腰に下げた二本の剣がかちゃかちゃと鳴った。
「なあ、ソール。地上に戻ってきて何年?」
「六年くらいじゃない?」
「六年か……」
 マーニは感慨深げに言った。安っぽくも、活気で溢れた商店街を抜ける。肌の白い人、黒い人、今では自由に行き来できる。
 目の前に大きな柱が見えてきた。太陽が大きな雲に隠れる。
「トラウム・ファール・シュトゥール……」
 ザシンプルへ。みんなの居る世界に繋がる大きな柱。
 中にはいると、紺色の可愛い制服を着た女性が案内をしてくれた。
「乗り物、武器はこちらへ」
 胸にある、トラウム・ファール・シュトゥール社のバッジを確認して彼女にリーフェルングと、ある人から貰った大切な二本の剣を渡した。
「大切なものだから。大切に扱ってね」
 骨董品にも学があるのだろうか。彼女は丁寧にそれを扱い、荷物を入れる場所へ納めた。
「世界が変わって、六年か……」
 ザシンプルに向かう白く、巨大な箱に乗り込み、私はそんなことを呟いた。
「『本日は、トラウム・ファールシュトゥール社の――』」
 白い箱の扉が閉まって、アナウンスが流れた。
 そしてゆっくりと箱が動き出した。
「エニモルさん、元気かなぁ」
 いつの間にかうきうきしている自分を、マーニが半眼で見ていた。
「な、なによ」
「なんでもないけど?」


■レッツ シー イフ ザッツ トゥルー オア ノット エピローグ・1




「うぇぷし!」
 僕がくしゃみをすると、その場にいる全員から睨まれた。首都転属になってからずっとこんな感じだ。
「エニモル君さぁ、もうちょっと緊張感持ってよ」
「そんなこと言われても。っていうかヒューナーさん、僕もう帰って良いですか」
 僕と一緒に大きな岩に隠れている上司のヒューナー=フライシュは信じられないと言うような顔をした。
「今どういう状況か、判ってる?」
 違う岩に隠れてる同僚達の気持ちを代弁するかのようにヒューナーは言った。
「労働義務反対派の強硬派がウチの使えない新人を人質に何か騒いでるって言う話でしょ?」
 ヒューナーは曖昧に頷いた。
「その通りだが、『使えない』は言い過ぎだ。彼女はきみを信頼して――」
「だったら何も考えずに突進させるのやめてくださいよ。何時かあぁなると思ってたんですよね……」
「エニモル君……それは言いすぎだよ」
「そして他のライゼエスィヒからライゼを派遣したんでしょ? 何で都市栄転になったのかな」
「都市から栄転するのは名誉な事じゃないか」
「その結果僕ばっかこき使われてませんか?」
「だって、エニモル君戦い慣れしてるじゃないか。首都にはそう言うの居ないんだよね……」
 しみじみとヒューナーは言った。
「もう、僕一人で制圧して良いですか」
「フラウが死ぬので辞めてください」
 遠くの方から声がした。
「デリ君良く言ってくれた! エニモル君、きみは戦闘凶なんだよ」
 他の岩に隠れているデリと言う男や、同僚達からその通りだとやんややんや声が挙がった。
「静かにしないと犯人が怒ります」
 僕がいうと、みんな黙り込んだ。
「来た。他のライゼが来たぞ」
 こそこそ話をするのが聞こえ、見覚えのある赤毛の女が現れた。彼女は僕の隠れている岩のまでしゃがみ、声をかけてきた。
「首都って言うのは初めてなんだ。お前が居て助かったぜ。エニモル」
「やっぱ、メーレンさんでしたか」
「そう。丁度ここいらに来ててね。観光だったんだけど、お呼びがかかっちゃってさぁ」
 メーレンが鷹揚に語る。この人は結婚してからこんな感じだった。
「誰が来ようと同じだ!」
 犯人の叫び声が聞こえ、それに対抗する人質の声が聞こえる。
「無駄なあがきはそれくらいにしたらどうなの」
 メーレンはそれを岩の影から見ると、真顔で僕に言った。
「どうする?」
「メーレンさんが犯人の武器をねらい撃って、その隙に僕が飛び込みます」
「わかった」
 その話を聞いていたヒューナーがたまらず突っ込んだ。
「おいおい、エニモル君。えっと、助っ人のあなた。指揮官は私です。私の指示に……」
「ライゼの人質作らせる指揮官は指揮官じゃない。エニモル、いち、にの、さん。な」
 僕らがヴェステン領で一緒に戦っていたときのかけ声だった。
「判りました。やりましょう」
 メーレンは頷き、指を三本立てた。
「いち」
 僕はアートムングさんから貰った替わりである斧のエレクトールシュナイデを抜いた。
「にの――」
「さん!」
 メーレンが立ち上がり、自慢のシューターで犯人の武器をねらい打った。短剣が宙にとぶ。そのとき僕はもう飛び出していて武器を拾おうとする犯人を蹴り上げるとうずくまったところで首に刃を突きつけた。
「フラウ」
 犯人から目を離さず言った。
「怪我はない?」
「……はい」
 新人のフラウはかなりの迅速さで犯人の腕を縄で締め上げた。こういうときだけ手際が良い。
「じゃあ、僕は用事があるので帰ります」
 今も岩で隠れる上司に向かって言った。
「まだ定時じゃありません! エニモルさん」
 なぜか隣にいたフラウが怒った。こういう風に真面目な子なのだ。だから闇雲に突進して敵に捕まる。
「ヒューナーさんにはもう前からずっと話をしてたんだ。それにきみが捕まらなかったら良かったんだろ?」
 僕がそう言うと彼女は少し涙目になった。
「突進するのは良いけどそれが必要なときは技術と仲間で補いなよ」
 僕はそれだけ言うと駆けだした。

■レッツ シー イフ ザッツ トゥルー オア ノット エピローグ・2/3





 私達が昔すんでいた家はまだ残っていた。確かに約束の場所に指定されてたんだからそうだと思い。私は中に入った。まだ誰か使っているようだった。エニモルは未だにここを使っているのだろう。
「なっつかしィな……。ここ」
 マーニが言った。
「まだ帰ってきてないみたいだね。エニモルさん」
 腰に下げたエニモルの剣を触りながら言った。
「ただいま」
 そんなことを言ってると、エニモルが帰ってきた。ライゼの制服に帽子を被る白皙のおもて。彼は帽子を脱いで、金色の髪を露わにさせた。
「テレフォーンは帰ってきてない?」
 エニモルが言う。私は頷いた。
「まだ帰ってきてないみたいです」
「まあ忙しいだろうね。テレフォーンとニニーは」
 彼はそう言って苦笑した。テレフォーンとニニーは政治的な事で忙しいらしい。テレフォーンがザシンプル、ニニーがザハードの代表として相互関係を深めているらしい。
「つかれたァ」
 しばらくして、そう言って帰ってきたのがニニーだった。後はテレフォーンを待つばかりとなった。
「これ買ってきたよ」
 ニニーはそう言うとテーブルの上にワインのボトルを置いた。もう既にマーニがグラスを準備している。
 そんな事をしていると、テレフォーンが帰ってきた。
「ただいま。もう集まってたのか」
 私達は机につき、それぞれグラスを持った。
「えぇっと、僕らの再会を祝して。えっと、乾杯」
 なれていないらしいエニモルは呂律がまわっていなかった。





「エニモル」
 僕の服の裾を引っ張ったのはテレフォーンだった。僕はリビングから離れ、二階へ続く階段の傍に立たされた。
「なに?」
「エニモルが聞いてくれなかったら言うけれど、私が、ケーニヒさんの所にいたのは、エニモルのことで脅されてたからで……。エニモルのライゼの資格を取り消すって言われて、それで……」
 そのことか。ニニーに言われてすっかり説明された気でいた僕は頷いた。
「知ってたの?」
「い、いや。何となく、そうなんじゃないかなと思って」
 テレフォーンは納得したように頷いた。
「そっか……。エニモル。ライゼの試験が終わった後の約束、憶えてる?」
「おぼえてるよ」
「じゃあ、今度、世界の果てがあるか――、確かめに行こう」
 僕は頷いた。

       了

■確かめに行こう、あとがき

 書き終えたのは去年の十二月とかだった。
 コレに出てくるキャラクターとか固有名詞は全てドイツ語とか、そういうかんじ。
 地表から浮く空中都市にも元ネタがあったりする。

 とはいえ元々は、「KANTAのショールーム」という僕のサイトにあったドリーム・アザー・サイドの「貧富の差で二つに別れている世界」という設定を練りなおしたもの。さらにそのもとネタは僕の夢(黙
 いつだったか、多分二年くらい前に見た夢で僕は駅に住んでいるホームレスで、駅の向こう側に行こうとする。ホームレスのおっちゃんの手を借りながら向こう側に渡って駅の外に出ると金色の麦畑のあるヨーロッパの田舎町風な世界。そこで出会った女の子とオートバイに乗りながら……、ってところで僕は目覚めました。
 元となった夢とは随分変わりましたが、幸せな世界とそうでない世界。ってことはまあそうでない世界は幸せな世界のために……と変化し、この、ザハードはザシンプルの生きるための奴隷、あるいは歯車という形に。
 ザシンプルの元ネタは「銃夢」の「空中都市ザレム」。
 エニモル・ティアはそれぞれ英語とドイツ語で「動物」
 テレフォーンは電話。パピーアはちょっと忘れました。
 ニニーもサリヴァンもピロウズの曲名。さらに元ネタは映画ですね。
 マック・シェイカーさんは元々男の子だったんですが野郎だけで楽しくないので女の子にした……、女の子ですよね? あ、うん、女の子だ。
 彼女の元ネタは「マイケル・シェンカー」と「マックシェイク」(笑)
 だから、名前も元々マイクだった気がします。

 次回はちょっとした参加型企画を構想しています。参加してくれる人は片手で数えられると思うんですけど(笑)

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